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5-9/御鏡太郎に宿った力



 騒々しい午前中の観光を終え、俺たちは近くの飲食店で昼食をいただいていた。
 日光の名物といえば「湯葉」だと何処かで聞いた気がしたが、こうして外食チェーン店に入ってしまえば関係ないよなぁと思う今日この頃である。少々勿体無い気もするが、腹具合と嗜好には抗えない。適当に焼肉定食と、せめてもの気持ちで餃子を頼むと、登美之慧も全く同じメニューを注文し、コアリはといえば元気にお子様ランチを注文するのだった。
 …………コアリ。最初に会った時は、もう少し大人だったと思うんだが。だんだん幼児退行してないか、お前?

「ふん。これでも気を遣っておるのだぞ? コアリの容姿の愛くるしさを考慮し、あまり大人びた注文はしないように気をつけておるのだ。」
「自分でいうな。」
「きゅー!」
「それでそう何度も鼻血を吹くと思ったら大間違いだ!」
「ふぁっきゅー!」
「最悪だ!」

 きゅーの部分さえ合っていれば何でも許されると思うな!

「賑やかですね御鏡太郎。」
「そうだろうな。だが持ってきた面倒ごとの大きさでいえばお前も負けてねーよ。」
「くす。それは失礼。」

 登美之慧は水を口に運び、誤魔化すように笑う。
 面倒ごとにはすっかり慣れっこな俺であるが、流石に今回は悪意を感じざるを得なかった。
 何も知らずに巻き込まれた事が、今まで一度もなかったのかといえばそういうわけでもないが――その時は大抵、俺自身に少なからず巻き込まれる原因があったから、納得は出来た。
 でも今回はそうではない。一応“原因”はあるが、その原因は俺自身の意思ではどうにもならないものだ。それを利用しようとする登美之慧の一方的な都合で、俺はこの愛すべきゴールデンウィークの皮切りである昭和の日に、栃木県くんだりまでやってきている。それについては、納得出来かねるというのが本音であり正直なところだ。
 ドラクエ9の聖地でもなければ、すぐに帰っている。……いや、別に栃木が嫌いなわけじゃないぞ。空気も美味いし、ちょっと猿の匂いが拭えないが、素敵なところさ。妖怪の襲撃を受けさえしなければ、観光を楽しみたい気分がないでもない。

「――まず、あなたの力について簡単に説明しましょう。御鏡太郎。恐らくあなた自身、まだその力を完全には理解していないはず。」
「そうだな。最近よく幽霊に会う。そんだけだ。」
「……幽霊は至るところにいますが、その存在は希薄で、普通は出会うことはありません。端的にいうとあなたの力は、希薄な存在である幽霊の力を増幅するもの。力を増幅された幽霊は存在の密度が増し、目に見え易くなるのです。」

 華子もその一人というわけか。だが、だとすると逆に幽霊に会う機会というのは、少ないようにも思える。至るところにいる割には、実際、毎日のように会うものでもない。

「それは増幅される側の問題ですね。幽霊の存在というものは、限りなくゼロに等しい。ゼロを何倍にしてもゼロのままであるように、そこらの浮遊霊は、増幅されてもあなたの目に留まることはありません。また、増幅された幽霊からしても、増幅されている事実にさえ気付かない事が大半でしょう。幽霊を引き付ける“混沌体質”とはいえ、“出会ってしまう確率”は、それほど高くないのですよ。」

 確かに、“出会ってしまった時”のインパクトが強いから、つい沢山出会っているように感じるが――実際に数えてみると、俺と非現実的存在のコンタクト回数は、実は片手の指の数だけでも数え切る。
 ……いや、今日、やっと数え切れなくなったか。それでも、2ヶ月に1回よりもさらに低い頻度でしか、俺は“出会って”いないのだ。それって、その辺の霊媒師より、よっぽど少ないんじゃないだろうか……?
 なるほど。もし俺自身に、俺が想像する程度の能力が宿っているとするならば――俺を乗せた飛行機が無事に沖縄に辿り着き、また東京まで帰ってこれたのは殆ど奇跡じゃないか。
 俺の体質は幽霊みたいな非日常的存在を引き付けるのではなく、正確にはその力を増幅して見え易くしてしまうだけのものだったのだ。俺には引力などない。ただ――そう、近くに寄れば暖かいハロゲンヒーターであっただけ。以前にもそう喩えた事があったが、まさにそれが正解だったわけだ。

更新日:2010-05-03 10:35:22

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はなこさんと/第五話「るまきさんと」