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第四章

 紫月と咲耶が、同時に背後を振り返った。
 轟音と共に炎上している建物が眼に入る。暗くなったばかりの空は、不吉な炎に彩られていた。
 紫月は、ぐずぐずしていなかった。
「織原!」
 地面に跪いていた少年は、不意に我に返ったかのように数度瞬いた。現状を把握できていないのは明らかだ。
 それに対して紫月が怒鳴りつける。
「ぼんやりするな! あれは宿泊棟だ、被害が拡大しないうちに、行け!」
「は、はい!」
 織原はもがくように立ち上がると、足をもつれさせながらも走り出した。
 その後ろ姿がまっすぐ宿泊棟へ向かっていることを確認して、紫月が踵を返す。
「行こう、守島。いい加減、我慢ができなくなってきた」
 小さく肩を竦めてすぐ後ろを歩き出しながら、咲耶が口を開く。
「お前って、慎重なのか無謀なのかよく判んねぇ奴だな」
「状況が変わったんだ。この時間なら寝ている人間はそういないだろうし、避難が間に合わないということもないだろう。あれだけの騒ぎだ、消防車を呼ぶのも手遅れになることもない。……だけど、僕はここまで手段を選ばなくなっている杉野をとっとと何とかしてしまいたいんだよ」
 大股で進みながら、低く答える。
 確かに〈火竜の棘-ヒーティング・ソーン-〉の少なくとも大半は、先刻爆破されてしまっただろうし、残っていたとしてもその操作を支配していた織原はもうここにはいない。この場所における脅威は殆どないと見ていいだろう。
 それについてはもう何も言わずに、咲耶は片手を差し出した。
「手」
「何だ?」
 困惑するような紫月に、更に説明する。
「見せてみろ。先刻、切っただろ?」
「ああ、これか。君が心配することじゃない」
 その答えに、咲耶が眉を寄せた。
「あのな、弥栄。手傷を負っている状態じゃ、ろくに精神集中もできる訳がないんだぞ? それぐらいはお前だって」
「今は、早くここから離れることだ。野次馬を掻き分けて進む羽目にはなりたくない」
 素っ気なく遮ると、更に足を速める。目の前の紫月の背中に、咲耶は小さく毒づいた。

更新日:2012-01-22 01:19:51

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