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 紫月が、左手を胸の辺りにまで上げた。右手の人差指を伸ばし、左手首に添える。
「流れよ、〈風の精霊の短剣-シルファイド・ダガー-〉」
 その言葉と共に、すっと指を手首に走らせる。次の瞬間、その軌跡から鮮血が溢れた。
 咲耶が、一瞬動きかけた身体を自制する。彼は、手を出すな、と言ったのだ。自分が何をしているのかということぐらい、わきまえているだろう。……おそらくは。
 しかし、織原の反応は意外だった。呆然として紫月の手首から滴る赤い液体を見つめている。その身体から力が抜け、がくん、と地面に膝をついた。
 それでも、視線だけは紫月から離れない。
「お前がずっと欲しがっていたものはこれだろう」
 静かな声で、紫月が告げた。織原の口から、意味を成さない呻きが漏れる。
「答えろ。お前が、真に仕えるべき者は、誰だ?」
 織原の口が、言葉を発しようとしたのか、薄く開く。
 しかし次の瞬間、この日何度目かの爆音が夜空に響き渡った。

更新日:2008-12-20 23:44:09

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