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 疲れた身体を起こすと、カウンターの中へと入った。その中にある入口から、奥の部屋へと向かう。
 戸口のすぐ内側は厨房になっており、更にその奥にマスターの住居がある。
「ただいま、真弓さん」
 厨房で忙しく働いている女性に声をかける。マスターの奥さんだ。
「お帰りなさい、咲耶さん。今日のランチでよければ、持っていってくれる? ごめんなさいね、自分でさせちゃって」
「とんでもない。邪魔してるのはこっちなんだし、気を遣わないでいいんだから」
 食事が乗っているトレイを取り上げる。真弓が手早く白飯と味噌汁を盛りつけた。
 両手が塞がっている状態で、器用にスニーカーを脱ぎ捨てる。リビングの机に一旦トレイを置き、咲耶は隣の部屋の扉の前に立った。
「弥栄。俺だ、入るぞ」
 返事も待たずに扉を開く。部屋の中で座っていた制服姿の少年が、顔を上げた。二度も焼け出されてしまった紫月は、これしか着るものがないのだ。尤も、それは咲耶も同じことだったのだが。
「少しは休めたか?」
「君よりはね」
 さらりと言う言葉に、眉を寄せる。数時間前にここを出るとき、少しでも眠っておけと言っておいたのだ。そうできなくても無理はないと思っていたものの、安心できる訳でもない。
 非難しようか、と口を開きかけて、思いとどまる。今更言っても仕方がないことだ。
「まあいいや。食事を作って貰ったんだ。冷める前に食おうぜ」
 頷いて、紫月が立ち上がった。手に、一冊の本を持っている。咲耶の何気なく向けられた視線が、やや険しさを帯びた。
「何だ、それは?」
「ああ、これか? 先刻買ってきたんだ。結構興味深いな」
 そう言ってこちらへ向けた本の表紙には、『陰陽道-闇の中の歴史』と書かれている。
 次の瞬間、咲耶は勢いよくそれを床に叩き落としていた。
 一気に、紫月の頭に血が上る。彼の、書物に対する扱いは、既に「信仰」と言ってもいいほどのものだったのだ。
「何を……!」
「お前は、何を考えている!」
 しかし、吐き捨てるかのような咲耶の言葉に、思わず怯む。

更新日:2008-12-20 23:34:46

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