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エピローグ

 ぼんやりと目を開いた。意識の上っ面を、人の声が撫でていく。
「お早う」
 挨拶に、上体を起こした。長い黒髪の少年が、隣のベッドの上で胡座をかいている。こんな場所ですら革のジャケットを脱いではいない。
「……お早う」
 時計を見ると、もう昼が近い。サイドテーブルに置かれたテレビに映像が映っている。
「いいのか? そんなものをつけて」
 紫月の指摘に、咲耶が肩を竦めた。
「俺の部屋じゃないしな。ここまで俺を辿ってきて呪を放つなんて面倒くさいこと、そうそうする奴はいねぇよ」
 昨夜、魔界の四大諸侯の一人に、彼らは強制転移をさせられた。ほんの一瞬で、礼拝堂の中から数百メートル離れた路地へと送られたのだ。そして、野次馬に紛れてその場を離れた。二人がビジネスホテルの一室に落ち着いたのは、もう夜半を回るころだった。
「それより、大変なことになってるぜ」
 咲耶がテレビを示す。ワイドショー番組らしい。画面の片隅に、『宗教施設から不審火』という文字が見える。
 紫月が、咲耶の隣に移動する。淡々と、咲耶が状況を説明した。
「結局、宿泊棟と礼拝堂は半焼。怪我人は、軽傷が数人だ。……ただ、杉野は死んだぜ」
「え?」
 理解できない言葉に、訊き返す。
「礼拝堂の地下で、焼死体が見つかってる。逃げ遅れたのか、それとも逃げださなかったのかは判らない」
 あえて逃げ出さなかった、というのはあり得そうな話だった。杉野は半生を西洋魔術の研究に費やしていた。その結果得た力を突然失い、生きる気力もなくなるほど絶望していたとしたら。
 だが、どちらも口にはしなかったが、彼らはもう一つの推測を捨てきれずにいた。
 つまり、大公爵アスタロト。

更新日:2008-12-24 22:48:04

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