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インドで一人旅ができるMさん

 建設関係の会社に勤めていた十六年の間、経理を管理している女性は二人だった。最初の経理のJさんは「この会社にいたら、過労死する!」といって、白髪を増やし、ボロボロになって辞めて行った。ワープロからパソコンに変わり始めた頃で、まだ手書きの集計表を使っており、四ヶ月ごとに客先名を鉛筆で書き換えるなど、今では必要のない作業も多かった。

 二人目のMさんは、最初こそ残業して遅くまで残っていたが、パソコンで自分なりに作業しやすい形の書式を作り上げると、その後は定時に仕事を切り上げ、涼しい顔をして帰って行った。

「インドに行くと、大好きになってまた来ようと思う人と、二度と行くものかと思う人と、真っ二つに別れるんだよ。さらさらさんは、誰にでも優しいタイの方が合うね」

 旅行好きのMさんは、一人で一ヶ月もインドを旅行できる、自立したお姉さまだった。私はこのMさんを見て、初めて「仕事が出来る人」というのはどういう人なのか認識したような気がする。

「Jさんが怖い顔してちゃんと教育してくれたから、私はさらさらさんと上手くいくんだよ。Jさんに怒られて、うちのヒメ(飼い犬)みたいにちっちゃくなってたよね!」

 Mさんにとって、私はペットのシーズー犬のようなものだった。「ああしなさい!」といえば、「わん!」といって従うような、ヘボいけど、憎めないみたいな。

 まあ、我ながら情けないこと……。

 Mさんは、Jさんが毛嫌いしていた専務を信頼していた。役員の中でも気難しく、頭の中で3歩くらい進んだことを突然言うものだから、みんな何を言われているのかわからなく「へ?」となる。そんななかMさんは、経理の仕事をすべて把握しており、皆が理解できない3歩先の内容を正確に把握し、素早く専務の指示を実行できる奇特な人だった。

「あの書類、会議までに揃えてくれ」

「新人が入ったから、年齢の近い人の単価を調べてくれ」

 専務がそういう指示を出すことを事前に予測し、指示が出る頃にはほぼ準備が整っていることもしばしばだった。まさに、阿吽の呼吸。

「仕事はね、時間内に終わらせるものなの。残業は今日から禁止です」

 Mさんはほとんどすべての事務仕事を改革し、簡略化させた。お茶汲みの回数も減り、何かを購入するのには稟議書が必要になり、バレンタインのチョコレートも配らなくなった。そして、意味もなく残業するものはいなくなり(一人のお局様を除いて)、すべてが上手く行き始めた頃、経理の責任者が変わることになった。

更新日:2010-05-22 13:55:22

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