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祖父は海の男

「めんこ、おかえんなちゃ~い!」
 あれはたしか、私がまだ小学校3~4年生くらいだったと思う。学校から帰ると、見知らぬじいさんが家にいた。みごとなツルッパゲで、背中が丸く、ちょこんと座ってニコニコとしていた。
 ちなみに、“めんこ”というのは北海道の方言で、“かわいい”を“めんこい”ということから、“かわいい孫”という意味合いで使っていたと思われる。
 父は11人兄弟姉妹の末っ子で、父の両親はその時既に亡くなっていた。
 母は9人兄弟姉妹のやはり末っ子で、母の母つまり私の祖母は、母がまだ小さい頃に亡くなっていたため、その当時私の祖父母で唯一生存していたのが母の父、つまり私の祖父ただ一人だった。
 祖父は若い頃船乗りで、戦争中も世界中を旅客船で辿り戦禍を免れていた。そして、その時の栄光は幾度となく我々に語られた
「船のトイレは垂れ流しだから、船から流れていくのが見えた」
 祖父の話は、珍しくて面白かった。海外を旅していたため、年の割にはハンバーグなど油っぽい食べ物も美味しいといって食べていた。
「このハンバーグっていうのは、大した旨いもんだねぇ!」
 そして、なまった英語で歌を歌いながら、聞いたこともない国の名前や、外国人の話を繰り返し語った。今ではその内容もあらかた忘れてしまったが、ひとつだけ良く覚えていることがある。

 柱時計が遅れ始め、時計の針を直そうとした時のこと。普段ニコニコとしている祖父が初めて声を荒げた。
「時計は直すもんじゃないの! 進んだら進んだ時間を、遅れたら遅れた時間を覚えておけばいいの。海の男は、絶対に時計の針を直すもんじゃない」
 理由はよくわからないが、長年培った海の男の習慣らしい。

「長男なんだから、嫁にピシッといってやればいいのに! あんたたちも叔父さんや叔母さんに会ったら、じいちゃんを大事にしなさいって、説教してやってよね!」
 祖父はその当時、主に母の兄である長男夫婦の家で面倒を見てもらっていた。しかし、長男の嫁は言動や行動に思慮が欠けるタイプで、祖父を弟や妹の家族に押し付けようとして反感を買っていた。祖父はちゃんと年金を貰っていたし、特に病気でもなく、今時の介護が必要な老人なんかに比べたらそれほど手も掛からないと思うのだが……。

 母の兄嫁に邪険にされて、たらい回しにされた挙句我が家にもちょっとだけ滞在した祖父だった。晩年はあまり幸せな人生とは言えなかったかもしれないが、その大半は仕事に誇りを持って生きることが出来て、幸せだったのではないかと思う。

更新日:2010-04-23 13:04:36

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