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老け作りのYさん

 女性はお肌の曲がり角に差し掛かると、若作りをしようと試みる傾向にある。それは当然のことで、いくつになっても「きれいだね」と言われるのは女性としての喜びであり、嬉しいものだから。
 ところが、なぜかわざわざ実年齢より老けて見られるよう、「若作り」ならぬ「老け作り」をしていた男性がいた。

 そのころ私は、精密機械の工場で働いていた。機械にゴミが入らないため、工場に入る前にクリーン・ウエアと呼ばれる白い防塵服に着替え、帽子をかぶり、手袋をはめ、上から下まで肌を隠す。と言っても、白いTシャツと作業ズボンの上から着るため、着替える場所は男女別に分かれているわけではない。

 とうぜん着替えているところを見られたりする訳だが、なぜか一人だけ作業ズボンの上から腹巻を見せている人がいた。それが、Yさんだ。

 Yさんは、50歳の一歩手前の年齢らしいが、どう見ても60代、いや、下手をすると70代に見えないこともないくらい老けている。ラクダの腹巻をして、背中を丸め、自分のことを「ワシ」と呼ぶ声がしわがれている。顔に深いしわが刻まれているわけではないが、色白の細い腕はいかにも力がなさそうで、いすに座っていても、他の人のように文句を言われることもない。

 仕事は慎重で丁寧だが、スピードはお世辞にも速いとは言えない。しかし、迅速丁寧をモットーとする工場勤務では、悲しいかな、スピードも要求される。

 それでも最初のうちは、みんな大目に見ていた。生産にラインにまだ余裕があったから。

 派遣会社の問題点として、長く働いても給料がさほど上がらないという問題がある。5年のキャリアがあり知識や経験の豊富な社員と、今年入社したての技術がない社員と給料が変わらないのでは、やる気も失せる。

 しかも、よく働く人に限ってすぐいなくなり、あまり働かない人はなかなか辞めない。

 技術は下がる一方なので、作業ミスも増える。雇用主であるメーカーの要求は厳しくなり、今まで許されていたことも禁止事項となる。

 休憩時間は分刻みで管理され、今まで自分で対応できた作業も社員報告になるといった「~してはいけない」項目が莫大に増えた。

 そうなると、Yさんも、ゆっくりと作業をしていられない。

「Yさんの仕事、乱暴になったよね!」

 現場で同僚の噂が飛び交うほど、慌てて作業をするYさんは既に50歳を超えていた。

 その後、世界的な金融危機のあおりを受け、大規模な派遣切りがなされ、どさくさにまぎれて私自身も退職したが、Yさんはどうしているだろうか。

更新日:2010-06-11 14:16:35

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