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外伝クラース:クラース・F・レイドリックの日誌

「宇宙風邪を拗らせたな、悪い事は言わん。お前は俺達が探査から戻るまで、ここで治療に専念しろ」
 そうキャプテンに言われて、俺はサテライトフォートで1人、艦が戻るまでの10日間待機する羽目になった。同期の仲間達は仕事がサボれるから羨ましいなどと俺をからかっていたが、俺としては何も有難くはなかった。医務室の天井を見上げながら、諾々と流れる時間を、ただ持て余しているしかなかった。
「焦る事はないよ。新人には、時間は幾らでもある」
 ここのドクターが、そんな気休めみたいな言葉を、俺に投げ掛けてくる。気休めでも気を遣ってくれるなら、何か俺に仕事をさせろよ。
 航宙歴:573年8月10日。その知らせが、俺の居る病室へ齎された。俺の所属するU・F・G第5艦隊、星域駆逐(パトロール)艦:ナディア号が、乗組員1811名を乗せたまま、宇宙の藻屑と消え去ってしまったのだ!
そう、俺以外の乗組員全員が、一瞬で全滅したのだ。
 その後の事故調査委員会の調査結果により、それが人造擬体(バイオロイド)の仕業だと解かったのは、事故から実に半年後の事だった…。

 航宙歴:574年3月24日。俺は月面にある地球連邦所属:陸軍傭兵部隊の申し込み窓口に居た。書類を提出し部隊長による面談の為、言われた個室へと入って行く。
俺の経歴が余程珍しいのだろう、目の前の無精髭を生やした如何にも“傭兵部隊の隊長”といった風情の男は、頻りに提出した書類と俺とを交互に見比べていた。
「身体的に問題が無ければ、誰でも部隊へ入れると聞きましたが?」
「うん、そりゃまぁ、そうなんだが…。お前の場合、スターフリートの肩書を棒に振ってまで、ここに入隊する事になるんだぜ?言っちゃあ何だが、給金は一獲千金みたいなもんだ。退職金やらボーナスなんかを考えると、断然正規兵の方が上だぜ?勿体ねぇから、止した方がいいんじゃねぇのかい?」
「ですが、バイオロイドと戦えるのは、最前線の傭兵部隊だけでしょう?」
「じゃあ訊くぜ、お前の戦う理由は何だ?」
「…この手で仲間の仇を取りたい!!」
「復讐か、戦う理由としちゃあ悪くない」
(こいつの目、トーマの目によく似てやがるぜ…)
 この時、テッド隊長は思ったそうだ。俺が後に化けて、オルデンを代表するくらい強くなるだろうと。
「お前が後悔しないってんなら、入隊を許可しよう!今日からは死地を共にする仲間だぜ。宜しくな、クラース」
「有難う御座います!」

 隊員に割り振られた部屋へ荷物を入れると、俺は室内を見渡した。机とロッカーとベッドが2つずつ、ユニットバスは共同の、所謂2人部屋だ。俺は同室の男がどんな奴か気になったものの、取り敢えず表面上だけでも仲良くなろうと考えた。恐らく俺の噂は、新人達の間でも話題に上るのだろう。何せ、スターフリートというエリートコースを蹴って、このオルデン傭兵部隊に来た変わり者だからだ。俺の脳裏に、元・同期の連中の笑顔が過る。最も死に近いこの傭兵部隊で、俺は親しい人間を作りたくはなかった。仲間との別れなんて、一度経験すれば、それ以上は要らないのだから。
 俺が机に向かって、入隊マニュアルに目を通している時だった。そいつが部屋へ、慌ただしくは言って来たのは。
勢いよくドアが開けられたかと思うと、ナップサックを背中に背負った男が(俺と同じ年頃か?)
、笑顔を浮かべて入って来たのだ。緊張感の欠片もない男だった。
「いやぁ迷った、迷った。やっと自分の部屋に着いたぜ。あ!俺のルームメイトはあんたか?俺はケイン・マクガーレン、ケインでいいぜ。あんた、名前は?」
 迷うか、普通?にこやかな男の顔と、差し出された右手を見ながら、俺は返事をする。
「クラース・フォン・レイドリックだ」
「クラースか、宜しくな!」
「あ…、ああ」
 半ば強引に右手を握られ、多分俺は困った顔をしたんだろう。奴は不思議そうに俺を見返している。
「クラースって、歳は幾つだ?」
「20歳だ」
「何だ、俺と同い年か!ウチの兄貴くらい、年上かと思ったぜ」
 俺はお前の兄貴なんて知らないぞ。
「ま、そういう事で、宜しくな!」

 このケインという奴は、物事を何も深く考えないと言うか、人見知りを全くしないと言うか。俺が明らかに迷惑だと態度で示しているにも関わらず、俺の行く所へは何処でも着いて来た。
演習の時も、俺達を見ていた隊長から…、
「俺達は何よりチームワークが大事だ。その点、クラースとケインは合格だな」
 などと言われる始末だ。ハッキリ言ってやった方がいいのかもしれない、俺はお前が嫌いだと。その時はこの男でも、少しは悲しそうな顔になるのだろうか…。何の抵抗も無く人の懐へ入り込めるお前のような男が、俺は最も苦手なんだと―。

更新日:2010-05-13 15:51:52

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