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If I Could…

「んーっ」

去り行く夏と訪れる秋に揺れる空の下。
思い切り背伸びして――めくれたTシャツを慌ててジーンズに押し込んだ。

「おっそいなあ」

日焼けした腕にはすこし不似合いな、蒼い文字盤をした華奢な時計に視線を落とす。
11時を僅かに回った所だった。

――道理で陽射しがきついはずだわ。

現れない待ち人に、彼女はそう悪態をつく。
穏やかな笑みを讃えながら。

もたれた背中が熱い。
けれどそれは、懐かしい熱さだった。



「わたしたち、名前が似てるね。」

そう由紀が話し掛けて来たのは、小学校の…4年生の頃。

図書室に篭りがちな由紀と、一輪車の得意な由香。
国語が好きな由紀と、体育が好きな由香。

似てたのは名前だけで、他は何も似てなくて。

由香は由紀に寄り道とか買い食いを教えたし、
由紀は由香に花の名前とか星占いを教えてくれた。



ここはふたりの分かれ道。
明日になればまた会えるのに、
電信柱の影が長く細くなっても、ふたりのお喋りは止まらない。



あるときは卒業証書と花束を持って歩いた。

由紀は真っ赤な鼻をして、ここでもまだ瞳を潤ませてた。

あるときは部活を終えた由香を、由紀が待っていた。

好きな人が出来たのと、今度は頬を赤くしてた。

秘密の相談も他愛もない噂話も、全部この場所だった――。



「由香ちゃん、ごめん!」

ハッと由香は顔を上げる。
シフォンのロングスカートを揺らして走る由紀の姿。

「おっそい!」

笑いながらそう応える。
真南へと向かう太陽の光が、キラリ、と輝かせるのは。



――先輩が好き。
真剣な顔で由紀がそう言ったから。

だから言えなかった。
あたしは、言えなかった。

なにもかも正反対の、幼馴染み。
活発な由香と内気な由香。

誰もがみんなそうからかって。

ううん、本当は。
由紀よりずっとずっと、不器用だったのは――。



忘れもしない、高3の夏休みに。
台風で傾いてしまった、あの電信柱の前で。

今は口紅を引いたふたりが笑い合う。

白い指先に、光る指輪。

言えなかった言葉を伝えていたなら、
その指輪はどちらの指先に輝いていたのかと。

無為な問いかけは、飲み込んで。

更新日:2010-04-06 00:11:26

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