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四日間の光景 其の一

■ ■ ■ ■ ■

 十二月二十三日。守矢神社。
「諏訪子、ここにいたのか」
「お、神奈子。どーしたの?」
 縁側に座りこんで足をぶらぶらさせていた諏訪子の元に、神奈子が歩いてきた。彼女はちらりと後ろを振り返ると、諏訪子の言葉に応える。
「いや、御剣もいたようだからな、少し気になったんだが……何を話してたんだ?」
 そう神奈子が問いかけると、諏訪子は無言で袖口から何かを取り出し、それをひらひらと振って見せた。それに神奈子が眉を小さく跳ね上げる。
「それは……?」
「ようやく社も頼ってくれるようになって、あたしはちょっと嬉しいよ。もっとも、最初にしちゃいきなり大事な役回りを持ってきた気もするけど」
 諏訪子はそう言いながら、からかうような笑みを神奈子に見せた。神奈子の表情が即座に曇る。
「いい加減認めてあげなよ、社のこと」
「……ふん、私だって、奴を無条件で毛嫌いしているわけじゃないさ」
 諭すような諏訪子の言葉に、神奈子は鼻を鳴らしながらそう答えた。それに、諏訪子が少し意外そうな表情をしながら、
「おぉ~、神奈子がまともに返事してくれるとは思わなかった」
「お前な……いや、まぁいい」
 その反応に尚更眉を顰めつつ、神奈子は肩を落としてため息をつく。それに諏訪子はからからと笑いながら言った。
「あはは。だったらもう、口出ししなくてもいいでしょ、社と早苗のこと。社だってきっと、早苗のことは大切に想ってくれてるよ」
 と、その諏訪子の言葉に、食ってかかってくると思っていた神奈子は何故か無言だった。違和感を覚え、諏訪子もまた口を閉ざす。しばらくしたころ、神奈子はゆっくりと口を開き、言葉を紡いだ。
「諏訪子……お前は本当に、そう思っているか?」
「……え?」
 諏訪子が思わず聞き返す。だが、それに答えるといった風でもなく、神奈子は頭を振りながら続けた。
「私にはそうは思えない。御剣の目に映っているのが、本当に早苗だとは思えない。奴は本当に早苗を見ているのか?」
 いつになく真剣な声音に、諏訪子もさすがに少し気を引き締める。
「つまり、どういうこと?」
「ああ、言葉が悪かったか。なら――奴が見ている早苗は、本当に早苗なのか?」
「!?」
「私にはそうは思えない。そして、それが私が奴を認めたくない理由だ」
 息を呑む諏訪子にそう言いきると、彼女は鋭い目を向けた。おそらく無意識のものなのだろう。敵意はないというのに、なお射抜く者を圧倒する視線。軍神の威厳がそこにあった。
「つまり……それだけ本気で言ってるんだね、それ……」
 神奈子に聞こえないほど小さく呟くと、諏訪子は口元に柔らかな笑みを浮かべながら立ち上がった。
「ん、どうかしたか?」
「ううん、神奈子の目も節穴じゃないのかなぁと思ってね~。どうも珍しく、神奈子にしか見えてないものもありそうだからさ」
 訝る神奈子にそう言うと、諏訪子は構わずその脇をすり抜けてどこかへ向かおうとする。が、その途中で振り返ると、
「でも神奈子、それでもあたしは任せていいと思うんだ、社に」
「……お前の希望は聞いた。私がその通りにするかは知らんがな」
「だとしても、少し待ってあげてよ。クリスマスが終わるまではさ」
 諏訪子の言葉に渋ってみせる神奈子だったが、諏訪子はそう言うと早足でその場を後にした。消えた姿を目で追うように視線を彷徨わせながら、神奈子は片手で髪を掻き上げつつぼやく。
「……ったく、御剣の奴も妙なところで――」
 と言いかけ、しかしその続きを呑みこんだ。それを口にすることは、何故かひどく癪なことに感じられた。
「あぁ、忌々しい……」
 結局、首を振ってそう吐き捨てると、神奈子もまた早苗を探して廊下を歩いていった。その場に残された物は、何一つない。
 そのやり取りを目にした者は、神奈子と諏訪子を除いて、誰一人いなかった。

更新日:2010-03-26 19:28:18

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