• 1 / 1 ページ

【春】~ハジマリ~

春は出会いと別れの季節。言うなればそう、「はじまり」の季節。
そう思っていたし、いまでもそう思っていないと言えばたぶん嘘になる。

バレンタインデーにチョコを送るのが、お菓子を売る側の戦略であるように。
春が門出の季節であるのも、桜が門出を祝う花であるのも、
長い歴史の中で日本人が「つくりだした」だけの決め事。
そのはずなのに。

別れだけで出会いのない春。
新しい「はじまり」を迎えられなかった春は、苦しかった。
誰といて、誰と笑っていても、ほんとうはつらかった。

門出を祝う桜の花に、責めたてられる。
桜の花が急きたてる。

――わたしはもう咲いている。あなたは何をしているの?

新しい一歩を踏み出すのは、春に限らなくてもいい。いつだっていい。
そんなことはわかっているのに、踏み出せなくなる。いつしか、踏み出すことが怖くなる。
時期に拘る必要がどこにあるのかと、頭ではわかっているのに。

春が「はじまり」なんて誰が決めたのと、苛立って。
けれどその一方で、気がついた。

つくりだされただけの、なんの根拠もない「はじまり」の季節だけれど。
それは、わたしたちを縛るだけじゃない。
未知へと進む不安な背中を、押し出す力もあるのだと。
誰もが新しい「はじまり」を迎える――ひとりじゃない、だから怖くないと。

たったひとりで新しい一歩を踏み出すのには、どれほどのエネルギーが必要だろう。
それがどんなに些細な一歩でも、踏み出せたならきっと、認めてあげなければいけない。
それが自分自身でも、他人でも、きっと。

結局――わたしがつぎに大きな一歩を踏み出すのは、新たにめぐってきた一年後の春で。
例外なく、春に「はじまり」を迎えることになる。

桜の花は、もう責めたてることも、急きたてることもない。
いや、桜の花ははじめから、そこにただ咲いているだけ。
意味をあたえるのはわたしの心。

次にめぐってくる春に。
わたしは誰と別れ、誰と出会い、どんな「はじまり」を迎えるのだろう。

願わくば、澄んだ気持ちで桜の花を見上げられますよう……。

更新日:2010-03-15 23:16:16

  • Twitter
  • LINE
  • Facebook