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独創性?

 
 1+1=
 
 学生の頃だったでしょうか。
 社会人になってからだったでしょうか。
 ふと私は、この計算式に疑問を抱きました。いえ、嫌悪感だったかもしれません。
 数学のスタート地点とも言えるであろうこの式。
 ここには、目の前にある二つのものを同じものとする思考が原則としてあります。
 でも私は思ったのです。
 リンゴとリンゴを並べた時、それは決して同じものではない一つ一つの存在なのだと。たとえ人が一本の木になるその実達をただ「リンゴ」と呼ぼうと。
 ではもっともっと小さな存在へと突き詰めていったなら?
 物質の構成要素の最小単位と言われている○子(“まる子”じゃなくて“分”とか“原”とか“粒”とか入る感じ!)だって、人間が辿り着けないだけでもっと細かな何かで作られていて一つ一つ個性があるのではと私は想像します。
 私はその日、「1+1=」が解けなくなりました。

 ま、「2」ですけどね。(バム ←爆とボムの足し算
 ちなみに「たんぼの“田”~!」と答える無邪気な頃もありました。でもそしたら「1+1=は?」って問われていないとおかしいんですね。嗚呼…汚れなきあの頃よ何処へ……。

 何はともあれ、そんな場所で壁にぶち当たるようなアレだから、仙花が数字ダメダメなのは必然なのかもしれません。
 それでいいの!

 【 オリジナリティ ー】

  (実は今日、二日酔いで… ほんと胃腸薬ラヴですよ。)

 さて、作品におけるオリジナリティーとは一体なんでしょう?
 広辞苑で調べると
 オリジナリティー→独創性
 独創→模倣によらず、自分ひとりの考えで独特のものを作りだすこと
 と、答えが返ってきました。

 では模倣とはなんでしょう?
 誰もが人生の中で触れた全てを土台にしてものを考えます。
 なので何かの影響を受けていない思考なんてあり得ないと思います。
 厳密に「模倣」とは、意識して何かになぞらえるということなんでしょうね。

 ですが、たとえば文学賞のコンテストなどでは、「オリジナリティーに欠ける」という言葉で数知れぬ作品が一蹴されてきたことでしょう。
 文章形態が?
 物語の展開が?
 登場人物の容姿や言動が?
 ではその時、審査をする方はそこに「模倣」を見ているのでしょうか。
 この世に存在する幾億の物語を前提とするなら、それに対する完全なるオリジナルは創り得るのでしょうか。
 
 私は、作品を評価する人間はそこに込められた一人一人の想いを見なければいけないと思います。
 そして、創り手が意識して何かを真似たかどうか、それが当の本人しか知り得ない事である以上、全てはオリジナルである…という前提から評価を始めなければいけないと思います。
 はっきり言ってしまえば「オリジナリティに欠ける」という言葉は不要だと思います。
 創り手の心や想いを踏みにじるこの言葉…吐かれる意義はあるのでしょうか?

 ここFC2小説だけでも一万数千の作品がありますが、今まで触れた作品の全てが、その人だから生まれ得た作品でした。当然なのですが。
 商業ではないからこそ次々と日の目を見る皆の作品、想い。
 出版業界が認めたものでなくても、それらはきっと誰かを救い何かを変え続けています。
 このオリジナルの海。
 素晴らしいですね。
 誰もが自信を持ち胸を張って紡ぎ続けて欲しいです。

 「1+1=1&1」


                              仙花教授

 

更新日:2010-06-16 23:39:25

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