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第壱ノ巻 統率者の才覚
其ノ弐拾弐
「さて、と。じゃあまず先に、きみの話から聞きましょうか?」
まぁその辺に適当に座りなサイ。
近くの椅子に掛けるように王子に促すと、師匠は自分専用の長椅子に寝転んだ。王子は椅子に腰掛け、しばらくの間なにかを考えるように黙していたが、やがて顔をあげると口を開いた。
「……まず、広間の工事の件についてですが」
「うん?」
「さっきも話したように、今の状態では城の壁にも木の状態にも不安があります。オレの見る限りでは、いずれにしろ人の手でどうこうできる状況ではありません……それで、あの短時間の間に木を育てたり、水を操ることのできる天楽区の一族なら、壁石に食い込んでいる根を傷めずに取り除くこともできるんじゃないかと思って――彼等にも色々な能力があるそうですから、今回の作業に向いている者を城に招いて、力を貸して貰えるよう依頼したいのですが」
「なるほどネ。で? その天楽区のことで他にもまだなにかあるんでショ?」
「――昨日の夜、天楽区の環状壁の辺りの様子が少しおかしかったのを、クコルと一緒に見ました。彼等が登城した時にノンノが傷を癒した鉢植えも普段とは様子が違っていて……昨日の時点では、特にクコルの元に報告は上がっていなかったようですが、一度、先ほどの件も併せて天楽区の族長に連絡を取りたいのです」
ふたつめの話に興味を示した師匠は王子が言葉を続けるにつれ、なにか思い当たることでもあったように何度か軽く頷きながら面白そうに王子の顔を眺めた。
……え?
「……もしかして、なにか報告があったんじゃ……?」
「ありましたヨ~。とっても面白そうな報告がネ」
ふふん。
なにかを企んでいる時の意味深な笑顔が、師匠の顔に浮かんでいた。
――こんな顔をするなんて、どうせまたロクでもないことに決まってる。
王子は考える気力を失くし、顔を青ざめたまま視線をそらした。
「ほぅ。その顔は、なんの報告が上がったのか解ってるみたいだネ?」
「……遠回しな言い方しないで、はっきり言ったらどうなんですか」
「きみ、ノンノちゃんと川にいるところを警備兵に見つかったでショ?」
「!!」
「な~んか、随分楽しそうなコトしてたらしいじゃないの?」
「だっ、だからあれは……っ!!」
「それで? わたしのあげた課題はうまく実践できましたか?」
「課題って……うまくいったかどうかなんてオレにも解りませんけど……と、とりあえず警備兵は引き下がらせましたよ」
ぷっ。
一気に顔を赤くして視線をそらした王子の姿に堪えきれず、師匠は楽しそうに笑い出すと、まぁ、不器用なきみにしてはなかなかの及第点デス。と、笑いを収め、長椅子から立ち上がると彼の傍らに擦り寄って来た。
「で?」
「……え?」
「警備兵は途中で逃げ出したと聞いてますヨ? その続きがあるんでショ?」
「……別になにも。あいつもあの後すぐに、天楽区に帰しましたよ」
王子の言葉に師匠は一瞬、呆けたように表情を止め、ガックリとした様子で首を横に振った。
「あぁ……王子、なんて勿体ないことを……それでもきみは一人前の男デスか? わたしの弟子とはとても思えまセン。まったく嘆かわしいとはこのことデス」
嘆かわしいって、オイ……いったいなんの弟子のつもりだ!?
わざと大仰な身振りで溜息をつく師匠に、王子は呆れまじりに言葉を返した。
「あなたと一緒にしないでください。あいつとはそんなんじゃないって、何度言えば解るんですか」
「そんなことを言っているようじゃ、まだまだデスねえ。王子、きみはだいじなことが、まだまだなんにもわかってまセーン」
「はぁ?」
怪訝そうな顔をする王子に、師匠は首を横に振りつつ言葉を続けた。
「ノンノちゃんも可哀相に……事実はどうであれ、一国の王子の手が付いた娘には天楽区の一族の男でも、もう誰も求婚なんかできまセンよ。結局、ノンノちゃんはきみの都合のいいように利用されておしまいデスか……」
「オイ……ちょっと待て。もとはと言えば、あんたが言い出した話じゃねーか!!」
「別にわたしはどうしろなんて言わなかったでショ? きみが自分の判断でしたことに誰も文句は言いまセン。それが王族の特権ってもんですヨ」
まぁ、冗談は別として。今回の件に関しては、きみもノンノちゃんも無事だったんだし、良かったじゃないデスか。但し――。
師匠はまだ年若いこの国の後継者の姿を見つめ、改まった表情で口を開いた。
其ノ弐拾弐
「さて、と。じゃあまず先に、きみの話から聞きましょうか?」
まぁその辺に適当に座りなサイ。
近くの椅子に掛けるように王子に促すと、師匠は自分専用の長椅子に寝転んだ。王子は椅子に腰掛け、しばらくの間なにかを考えるように黙していたが、やがて顔をあげると口を開いた。
「……まず、広間の工事の件についてですが」
「うん?」
「さっきも話したように、今の状態では城の壁にも木の状態にも不安があります。オレの見る限りでは、いずれにしろ人の手でどうこうできる状況ではありません……それで、あの短時間の間に木を育てたり、水を操ることのできる天楽区の一族なら、壁石に食い込んでいる根を傷めずに取り除くこともできるんじゃないかと思って――彼等にも色々な能力があるそうですから、今回の作業に向いている者を城に招いて、力を貸して貰えるよう依頼したいのですが」
「なるほどネ。で? その天楽区のことで他にもまだなにかあるんでショ?」
「――昨日の夜、天楽区の環状壁の辺りの様子が少しおかしかったのを、クコルと一緒に見ました。彼等が登城した時にノンノが傷を癒した鉢植えも普段とは様子が違っていて……昨日の時点では、特にクコルの元に報告は上がっていなかったようですが、一度、先ほどの件も併せて天楽区の族長に連絡を取りたいのです」
ふたつめの話に興味を示した師匠は王子が言葉を続けるにつれ、なにか思い当たることでもあったように何度か軽く頷きながら面白そうに王子の顔を眺めた。
……え?
「……もしかして、なにか報告があったんじゃ……?」
「ありましたヨ~。とっても面白そうな報告がネ」
ふふん。
なにかを企んでいる時の意味深な笑顔が、師匠の顔に浮かんでいた。
――こんな顔をするなんて、どうせまたロクでもないことに決まってる。
王子は考える気力を失くし、顔を青ざめたまま視線をそらした。
「ほぅ。その顔は、なんの報告が上がったのか解ってるみたいだネ?」
「……遠回しな言い方しないで、はっきり言ったらどうなんですか」
「きみ、ノンノちゃんと川にいるところを警備兵に見つかったでショ?」
「!!」
「な~んか、随分楽しそうなコトしてたらしいじゃないの?」
「だっ、だからあれは……っ!!」
「それで? わたしのあげた課題はうまく実践できましたか?」
「課題って……うまくいったかどうかなんてオレにも解りませんけど……と、とりあえず警備兵は引き下がらせましたよ」
ぷっ。
一気に顔を赤くして視線をそらした王子の姿に堪えきれず、師匠は楽しそうに笑い出すと、まぁ、不器用なきみにしてはなかなかの及第点デス。と、笑いを収め、長椅子から立ち上がると彼の傍らに擦り寄って来た。
「で?」
「……え?」
「警備兵は途中で逃げ出したと聞いてますヨ? その続きがあるんでショ?」
「……別になにも。あいつもあの後すぐに、天楽区に帰しましたよ」
王子の言葉に師匠は一瞬、呆けたように表情を止め、ガックリとした様子で首を横に振った。
「あぁ……王子、なんて勿体ないことを……それでもきみは一人前の男デスか? わたしの弟子とはとても思えまセン。まったく嘆かわしいとはこのことデス」
嘆かわしいって、オイ……いったいなんの弟子のつもりだ!?
わざと大仰な身振りで溜息をつく師匠に、王子は呆れまじりに言葉を返した。
「あなたと一緒にしないでください。あいつとはそんなんじゃないって、何度言えば解るんですか」
「そんなことを言っているようじゃ、まだまだデスねえ。王子、きみはだいじなことが、まだまだなんにもわかってまセーン」
「はぁ?」
怪訝そうな顔をする王子に、師匠は首を横に振りつつ言葉を続けた。
「ノンノちゃんも可哀相に……事実はどうであれ、一国の王子の手が付いた娘には天楽区の一族の男でも、もう誰も求婚なんかできまセンよ。結局、ノンノちゃんはきみの都合のいいように利用されておしまいデスか……」
「オイ……ちょっと待て。もとはと言えば、あんたが言い出した話じゃねーか!!」
「別にわたしはどうしろなんて言わなかったでショ? きみが自分の判断でしたことに誰も文句は言いまセン。それが王族の特権ってもんですヨ」
まぁ、冗談は別として。今回の件に関しては、きみもノンノちゃんも無事だったんだし、良かったじゃないデスか。但し――。
師匠はまだ年若いこの国の後継者の姿を見つめ、改まった表情で口を開いた。
更新日:2011-01-06 14:29:59