官能小説

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第壱ノ巻 若き警備兵



其ノ拾伍


「貴様! ここは立入禁止区域だぞ!! こんなところでなにをして――」

 警告を発しつつ、なぜか見覚えのある男の顔立ちとその髪色に目を留めた瞬間、警備兵の思考と言葉がピタリと停止した。

 ひっ!? い、いや……まさか!?

「――王子殿下!?」

 漆黒の髪と瞳。警備兵が警告とともに銃剣の鋭い刃先を向けた男は、特に動じる様子もなく黙したまま、立ち尽くす警備兵の姿を見返している。

「あ、あのっ!? 殿下はこちらでなにを……?」

「あぁ。ここは誰も来ないから、気晴らしをしていたところだ――見ての通り、取り込み中だ。悪いが遠慮してくれ」

 座り込んだ王子の膝の間からは膝上まで肌をさらした女の素足が覗き、ふたりの周囲には先ほどノンノが取り落とした女物の衣服が乱れ落ちている。見れば王子の身体に凭れた女は、彼の上衣を身に纏っているようだった。

 ――うっ。この状況はもしや、わたしが近づいたのを察せられて慌てて殿下の衣を……!? まずい、これは非常に間の悪いところに!!! だ、だがしかし任務は任務。例え王子殿下のお相手とはいえ、不審な者を見逃す訳には……。

 思わぬ場面に遭遇し、内心動揺しているその年若い警備兵の脳裏を、先日城内の兵士の詰め所で耳にした噂話がチラリとよぎった。

“――天楽区との境界の川傍には、王子殿下が密かに通われている姫君がいるらしいぞ。殿下がおひとりで城を出られる時は必ずその姫君とお会いになられておいでだとか。いったい、どんな姫君なんだろうな――?”

 ……ひいっ!? まさか、これがその姫君なのか――!?

 冷や汗をかき、瞳を泳がせて固まっている警備兵に目を遣ると、王子は腕に抱いた女の栗茶色の髪を撫でながら微かに笑って身体の位置をずらし、女の顔をわずかに警備兵の方に向けた。
 警備兵が思わず女の顔にチラリと視線を走らせると、彼の胸にぴったりと頬を寄せたノンノが、警備兵をじっと見つめている。
 警備兵は顔を赤く染めあげつつ、任務に懸けた忠誠心と根性を必死に振り絞り、更に王子に問いかけた。

「……しっ、失礼ですが、その方はどちらの御方で……?」

「おまえに、いちいち説明する必要があるのか?」

「い、いえっ! 決してそのようなつもりでは……! た、ただ不審な筏が流れて来るのを橋の上の兵士が目撃しておりまして、念のためこうして見回りを……」

「王子……?」

「うん? ……いいから、気にするな」

 王子は不安気に瞳を揺らすノンノの頬に触れ、優しく笑い掛けると、警備兵などまるで眼中にないようにノンノの胸元で結ばれている帯に手を掛け、結びを解いた。
 そのまま襟元を大きく開きノンノの肩を露わにすると、抱き竦めてその首筋に顔を埋めた。優しく触れるこそばゆく柔らかな唇の感触に、ノンノは顎を微かにそらし、時折ピクリと身体を反応させた。

 突然始まった目の前の場景を呆けたように凝視し、立ち尽くしている警備兵に更に見せつけるかのように、王子はノンノを抱き竦めていた腕を一旦緩め、頬に掛かる栗茶色の髪を指を梳いて撫でながらノンノの顔を覗き込んだ。

 彼の顔を見あげ、なにか言葉を口にしかけたノンノの唇を王子は黙ったまま指で制すると両手でノンノの頬を包むとその顔を軽く仰向け、額にもキスが落ちた。
 再び始まった愛撫のキスは耳元から鎖骨にかけてゆっくりと辿るように降りていく。王子に身を預けたままのノンノは見あげる薄青い空に瞳を彷徨わせ、微かに身体を震わせて瞳を閉じた。

「……ぁ……おう……じ……」

 ―――っ!!!

 王子の腕に支えられていたノンノの背が草地に触れ、その手が彼の腕に伸びて縋るようにその衣をぎゅっと掴んだ瞬間、ついに居たたまれなくなった警備兵はもと来た方へと身を翻し、その場から逃げ出すようにふたりの前から姿を消した。

 …………。

「――行ったか」

 警備兵の気配が葦原の向こうに消え、ホッと安堵の溜息をついた王子は顔をあげて背後を窺い、軽く身を起こしてノンノの顔に視線を戻した。
 衣の襟元を肩から落とし草地に仰向いたままのノンノが、彼の顔を見あげている。

「……もう大丈夫だ――すまない。咄嗟のこととは言え、悪かった」

「いえ……」

 王子に続き、ノンノも草地から身を起こして肩から滑り落ちた衣の襟をたぐり寄せると、解かれた帯を拾いあげた。
 襟元の合わせを直した拍子に、衣を纏う身体の見掛けにはそぐわないほど、豊かな胸のふくらみがほんの一瞬視界を掠める。動きを止め見入っている彼の視線を特に気にする様子もなく、ノンノはその場に座り込んだまま衣擦れの音を立てて胸元の帯を結び始めた。

更新日:2011-01-06 14:28:19

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