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第壱ノ巻 族長と側仕え
其ノ捌
王子が広間に戻ってくると、根の間で縮こまっていた城仕えの者達は早々に自分の持ち場に追い払われた後だった。
件の巨木の周囲には、天楽区の一族が鉢植えの立派な生長を喜びながら太い幹を嬉しそうに軽く撫でさすっては笑い、幹の根元やびっしりと絡み合う根の間に思い思いに座り込んでいて、ひとりも欠けることなく無事でいることが確認出来た。
――全員無事か、良かった。それにしてもこの木は……壮絶だな。
冷や汗をかいて巨木を見あげている王子の姿を目に留めたキサラが、彼の傍らに近づいて来た。
「黒王子様」
「あ、あぁ。すごいな……これは」
「王子様のお師匠様から、是非ともあれを見せてやってくれと言われていたから、ついわたし達も嬉しくて張り切ってしまって……ごめんなさい」
「いや、別に謝ることじゃ……確かに滅多に見られないものだし。それよりこの木、このままにしておいたら枯れてしまうだろう?」
「そうですね……出来れば広い場所に移した方がいいけど……一気に育ちすぎて、もうこれ以上の高さには成長しませんから、根を土に埋めてあげれば、このままでも生きられると思います」
「動かして、枯れることは?」
「根を傷つけなければ大丈夫です。枝は移動のために少しだけなら、切ってもまた生えてきますから」
「外壁も、ものすごい状態なんだけど……」
「窓のところだけ枝をくり抜くのはどうですか? この子達は石を抱くようにして生えていきますから、お城の壁が崩れたりはしません」
キサラの言葉に王子は頷き、ちいさく溜息をついた。
「とりあえず、それしか方法はないだろうな……ありがとう。騒ぎたててすまなかった。すぐに部屋を用意させるから」
「はい。それと、こちらにいる間、中庭をお借りしてもいいですか?」
「あぁ、構わないけど」
王子の言葉に、キサラは両手を胸に当て笑みを零した。
「よかった。とても素敵なお庭なので、皆も遊びに出たいとウズウズしていたんです。それでは遠慮なく使わせていただきます。王子様」
濃茶の髪をサラリと揺らしてキサラは笑い、仲間達のもとに戻って行った。
その晩遅く、再び彼の師匠が長い階段を上って王子の部屋にやって来た。
「どうでしたか? 今日の楽は。楽しかったでショ?」
「えぇ、まぁ……彼等のあの能力は、前からご存じだったんですか?」
「もちろんデス。わたしも最初に見た時はそれは驚きましたけどネ。彼等が持つ能力はもっと他にもいろいろありマス。あれくらいで驚いていたらいけまセンよ」
「あれが、自然に守られた力……」
「聞いてみたいデスか? 直接」
「え?」
「きみが、あの木の周りをせっせと走り回っていた頃、わたしは陛下と一緒に天楽区の族長に会って来たんですヨ。きみのことを話したら、きみさえ良ければ明日にでもゆっくりと話をしてみたいと言っていましたが、どうしますか?」
「族長……あの籠に乗ってきた?」
王子の問いに師匠は瞳を細め、これ以上ないほどに頬を緩ませて頷いた。
「そうデス。久しぶりに会いましたが相変わらず美しかった。やっぱり天楽区の女性は可愛いひとが多いネ。わたしもあの一族のもとに生まれていたら、もっと人生違っていたでしょう」
ウットリと夢見るような師匠の様子に、王子はボソリと呟いた。
「……あまりのスケベぶりに、追放されるのがオチじゃねーのか?」
「なにか言いましたか!?」
「いいえ別になにも。族長とのお話、宜しくお願いします」
丁寧に頭を下げた王子の様子に、師匠は満足げに頷いた。
「よろしい。では、陛下にはわたしから話をしておきマス」
それにしてもこの階段は長いですヨ。王子、もっと下の部屋に移ったらどうなんデスか? 昔から誰かさんと煙は高いところが好きというケド……。
ブツブツ言いながら階段を降りて行く老師を見送ると、遥か下方から聴こえてくる歌声に気がついた。
「……ああ、中庭を借りたいと言っていたっけ?」
ひとり呟いた王子が、廊下に出て遙か下方の中庭を覗き込むと、暗がりの中、点々と散らばる人影が認められた。おそらく皆で中庭に出て来たのだろう。
聴こえてくる歌は先ほどのものとは少し違うようで、廊下に立ったまま微かに流れてくるその歌を聴くともなく聴いていた王子は、ふと中庭の人影を注視した。
……ん? ひとり多くないか?? さっきの者達と族長……あ、もうひとりいるのか――。
登城するのは全部で十二名と聞いていた。先ほどの師匠の話には族長以外の者の話は出て来なかったが、おそらくもうひとり、族長の側仕えの者がいるのだろう。あの中にいるのは、そのひとりか……。
其ノ捌
王子が広間に戻ってくると、根の間で縮こまっていた城仕えの者達は早々に自分の持ち場に追い払われた後だった。
件の巨木の周囲には、天楽区の一族が鉢植えの立派な生長を喜びながら太い幹を嬉しそうに軽く撫でさすっては笑い、幹の根元やびっしりと絡み合う根の間に思い思いに座り込んでいて、ひとりも欠けることなく無事でいることが確認出来た。
――全員無事か、良かった。それにしてもこの木は……壮絶だな。
冷や汗をかいて巨木を見あげている王子の姿を目に留めたキサラが、彼の傍らに近づいて来た。
「黒王子様」
「あ、あぁ。すごいな……これは」
「王子様のお師匠様から、是非ともあれを見せてやってくれと言われていたから、ついわたし達も嬉しくて張り切ってしまって……ごめんなさい」
「いや、別に謝ることじゃ……確かに滅多に見られないものだし。それよりこの木、このままにしておいたら枯れてしまうだろう?」
「そうですね……出来れば広い場所に移した方がいいけど……一気に育ちすぎて、もうこれ以上の高さには成長しませんから、根を土に埋めてあげれば、このままでも生きられると思います」
「動かして、枯れることは?」
「根を傷つけなければ大丈夫です。枝は移動のために少しだけなら、切ってもまた生えてきますから」
「外壁も、ものすごい状態なんだけど……」
「窓のところだけ枝をくり抜くのはどうですか? この子達は石を抱くようにして生えていきますから、お城の壁が崩れたりはしません」
キサラの言葉に王子は頷き、ちいさく溜息をついた。
「とりあえず、それしか方法はないだろうな……ありがとう。騒ぎたててすまなかった。すぐに部屋を用意させるから」
「はい。それと、こちらにいる間、中庭をお借りしてもいいですか?」
「あぁ、構わないけど」
王子の言葉に、キサラは両手を胸に当て笑みを零した。
「よかった。とても素敵なお庭なので、皆も遊びに出たいとウズウズしていたんです。それでは遠慮なく使わせていただきます。王子様」
濃茶の髪をサラリと揺らしてキサラは笑い、仲間達のもとに戻って行った。
その晩遅く、再び彼の師匠が長い階段を上って王子の部屋にやって来た。
「どうでしたか? 今日の楽は。楽しかったでショ?」
「えぇ、まぁ……彼等のあの能力は、前からご存じだったんですか?」
「もちろんデス。わたしも最初に見た時はそれは驚きましたけどネ。彼等が持つ能力はもっと他にもいろいろありマス。あれくらいで驚いていたらいけまセンよ」
「あれが、自然に守られた力……」
「聞いてみたいデスか? 直接」
「え?」
「きみが、あの木の周りをせっせと走り回っていた頃、わたしは陛下と一緒に天楽区の族長に会って来たんですヨ。きみのことを話したら、きみさえ良ければ明日にでもゆっくりと話をしてみたいと言っていましたが、どうしますか?」
「族長……あの籠に乗ってきた?」
王子の問いに師匠は瞳を細め、これ以上ないほどに頬を緩ませて頷いた。
「そうデス。久しぶりに会いましたが相変わらず美しかった。やっぱり天楽区の女性は可愛いひとが多いネ。わたしもあの一族のもとに生まれていたら、もっと人生違っていたでしょう」
ウットリと夢見るような師匠の様子に、王子はボソリと呟いた。
「……あまりのスケベぶりに、追放されるのがオチじゃねーのか?」
「なにか言いましたか!?」
「いいえ別になにも。族長とのお話、宜しくお願いします」
丁寧に頭を下げた王子の様子に、師匠は満足げに頷いた。
「よろしい。では、陛下にはわたしから話をしておきマス」
それにしてもこの階段は長いですヨ。王子、もっと下の部屋に移ったらどうなんデスか? 昔から誰かさんと煙は高いところが好きというケド……。
ブツブツ言いながら階段を降りて行く老師を見送ると、遥か下方から聴こえてくる歌声に気がついた。
「……ああ、中庭を借りたいと言っていたっけ?」
ひとり呟いた王子が、廊下に出て遙か下方の中庭を覗き込むと、暗がりの中、点々と散らばる人影が認められた。おそらく皆で中庭に出て来たのだろう。
聴こえてくる歌は先ほどのものとは少し違うようで、廊下に立ったまま微かに流れてくるその歌を聴くともなく聴いていた王子は、ふと中庭の人影を注視した。
……ん? ひとり多くないか?? さっきの者達と族長……あ、もうひとりいるのか――。
登城するのは全部で十二名と聞いていた。先ほどの師匠の話には族長以外の者の話は出て来なかったが、おそらくもうひとり、族長の側仕えの者がいるのだろう。あの中にいるのは、そのひとりか……。
更新日:2011-01-06 14:27:06