官能小説

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第壱ノ巻 天楽区の一族



其ノ伍


 その日、音の国の城門前には、噂を聞きつけた国民と周辺国からの旅の者、行商でたまたまこの国に居合わせた者など、おびただしい数の人間が集い列をなして、城に向かって伸びる沿道をぎっしりと埋め尽くしていた。
 騒ぎに乗じて道端で物売りを始める者、大道芸を披露する者、それを囃したてる者など、どの顔も陽気で幸せそうに見える。

 だが、賑わいに浮かれ騒ぐ民衆の中には平民階層の民の姿に身をやつした兵士達が紛れ込み、不審な動きをする者に注意深く目を光らせていた――こういう喧騒の中でこそ、事件は起きやすいのだ。

 開放された城門には、いつもの通り三名の警備兵が立ち番をしている。
 天楽区の一族はいつになったら登城するのか? と、何度も尋ねてくる民達に少々うんざりしながら、その実、警備兵達もこの日が来ることを、内心では非常に楽しみにしていたのだった。

 当日、城門警備に当たっていることを知ったこの兵士達は、間近で天楽区の一族の姿が拝めるかも知れないという大きな運の到来に、表面上は厳しくしかめ面をしながらも、その表情の下に身震いするほどの興奮と畏怖を胸に抱え、過ごしていたのだ。
 装備の槍を構え直立する足下から遠く延びた道の果てより、噂に聞く彼等がこの道の向こうに現れる時を、群衆を前にした緊迫感とともにじっと見据えていた。

 天楽区から城への道の両脇には篝火が炊かれ、灯りを絶やさないように細心の注意が払われている。闇に乗じて彼等を奪いにやって来る敵が、いつ姿を現すとも知れず、城門前とはまったく異なる、極度に張り詰めた空気が兵士の立ち並ぶ沿道を覆っていた。

 日頃、彼等が表立って環状区の外に出ることなど滅多になく、その姿を目にすることは、環状区の門を守る警備兵ですら希なことだった。
 門構えのわずかな隙間から覗く天楽区の内側は常にひっそりとしており、木々の枝葉が揺れる音とともに、どこからともなく歌声が聴こえて来るほかは、ただ緩やかな時の流れが淡い光とともにたいっているばかりだった。

 夕陽が空を赤く染める中、城門に続く道をゆっくりと籠が進んで行く。
 行列の先頭を行く少年兵の奏でる笛の音は、凛と澄んだ音色を天高く響かせた。

 誰からともなく、いつの間にか『音の国』という通称が根付くほど、この国の民は楽に関するものに日常から慣れ親しんでおり、中でも竹管に穴を開け、歌口をこしらえただけの簡素な横笛の手習いごとは、楽や歌に触れる人生初の楽器として、親から子へと伝えられていく風習のひとつだった。

 この行列の先頭に立ち、笛を奏でることは、幼い子ども達にとって常に憧れの的だった。少年兵が行く道の沿道にも、笛を構えともに奏でる子どもは多く、一行の指揮官に見出され城に召される機会さえ得られれば、将来は楽士として生きる道も開かれる。
 長い間、平和に慣れ親しんだこの国では、剣の腕や馬を扱う技術と同じくらい、城に上がって楽の道に生きることは誉れあるものとされていた。

 ひとつの籠を取り囲む武装の城付き兵士達が、民衆と籠の間を隔てて徒歩で進む。あまりにも物々しいその雰囲気に籠の窓が薄く開き、柔らかく静かな声が、籠の傍に控えた指揮官にふた言み言、なにかを伝えた。

 指揮官はその声に静かに一礼すると、籠を取り囲む徒兵達にも笛を吹くようにと伝令を与え、自らの懐から愛笛を取り出し先頭を行く少年兵とともともに、笛の音を響かせ始めた。

 細く開いた籠の窓から風が吹き込み、窓の内側の飾り布が揺れる。
 兵士達に幾重にも取り巻かれながら道を行く籠は、四挺(てい)用意されていたが、籠に乗り主があるのはただ一挺のみだった。
 残りの籠は、乗り主を持たないまま行列の合間に配置され、ゆっくりと馬に引かれて進み続けていた。

 数を増やした笛の音は吹きあげる風に乗り、遠く国王の居城まで微かに届いていた――この国の歴史が紡がれ、いつしか歌物語となった曲。

 この国に生まれた者はこの歌を子守唄に育ち、この歌に送られて土へと還る。とても長いその歌は、まだ目も開かない赤子の頃から繰り返し子守唄として耳にしながら育ち、歌い、自らも奏でるうちに、いつしかその者の人生も歌物語の一部として綴られていくものだった。
 歌の楽譜は敢えて作られず、全ては幾つもの世代を繋ぐ絆とともに、古から守られてきた旋律と心が親から子へと口伝えで歌い継がれてきた。
 ちいさな国だからこそ、民の心に残り続けた特別な叙事詩となり得たのだ。

 城の尖塔付近には、笛の音に呼応するように大小様々な種類の鳥達が円を描いて飛び交い、夕闇に紛れるように城の庭へとその姿を消していった。

更新日:2011-01-06 14:26:31

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