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縁側

野梨子の母は茶道白鹿流の家元である。

歳のはなれた夫、白鹿清州は日本画家。

日舞、お琴、お三味線なんでもござれのスーパーヤマトナデシコに

成長した、一人娘、野梨子。

そしてその娘が最も信頼する異性、清四郎は隣家に住む幼なじみ。

順調だった。だれが見ても、母親の立場から見ても。。。



白鹿夫人はガランとした和室を通り抜け、朝から強烈な日差しが

ふりそそぐ中庭を眺めた。

鳴き始めたセミの声。

中庭に沿って広く造られた縁側は夫人にとって特別な場所だ。



野梨子がまだ幼稚園生のころ、毎日のように遊んでいた二人。

縁側でカキ氷を食べている二人の会話が偶然白鹿夫人の耳に飛び込んできた。

 「ねぇ、野梨子ちゃんは将来なんになるの?ボクはね、おうちが
  病院だからお医者さんになるんだ~」

 「・・・野梨子はね・・・お茶も踊りも大好きだけど・・・
  猫も犬も鳥も好きなの。動物のお仕事がいいわぁ」

 「あ、だったらジューイさんは?」

 「ジューイさん?」

 「この間お父さんが言ってた。動物を治すお医者さんがいるって。
  そしたらさ、将来人間と動物両方来る病院、ボクとできるよ!」

 「わぁステキ!。。。でも病気になったトラとかヘビが来たら、
  野梨子、こわいですわ」

 「だいじょぶ!そういうときはボクが代わりに行くから。
  なんだっけ・・・マ・・・マス?あれ?」

 「マス?」

 「えっと・・・眠らせちゃう注射、いっぱい持って行くから!」

 「それなら私、絶対ジューイさん!清四郎ちゃんと病院やりますわ!」


本当にかわいらしい二人だった。

この日の会話・空気・二人の姿、すべてがこの縁側とともに夫人の

記憶に刻みこまれ、未来像を頭の中に描いて微笑んだ白鹿夫人。



だから初等部に入学後、「やーい金魚のフン!」と悠理に指摘された

通り正真正銘「金魚のフン」状態の娘を見ても、白鹿夫人にはなんの

心配もなかった。

そのかわり、娘が学校で過ごす時間が増えるにつれて、夫人が発する

クチグセの回数も自然と増えた。


 「じゃあ、清四郎ちゃん、よろしくお願いしますね」







更新日:2012-05-23 11:50:55

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