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『魔法のブーツ』

 

  迷宮の美姫から
  お召しがあった

  騎士として
  生まれついたからには
  行かねばならぬ



横顔でそう言って
森の家を出て行く猟師の背中に
チクショウ バカヤロウ 獲物の一つもとってこいと
だれか家族の罵声が飛んだ

気の毒に

そのブーツがいけなかった。
そのブーツのせいで
みんな彼を
騎士だといい
彼自身もいつのまにか
そう思ってしまった


まあ仕方がないさ
そのブーツはお気に入りなんだろう?
足そのもののように
しっくり体に馴染んでしまった
もはやだれも
とりあげることはできない



迷宮の姫君は
美しい竪琴を奏でて
今日も嘆きの歌を歌っている

  あなたが悪いの
  あなたのせいなの
  あなたは病気よ
  あなたは気が狂っているの 
  でも愛してる

  誰にも言ってはダメよ
  これは二人のヒミツなのだから

姫の嘆きは底が深い
神殿の水が溢れて
その体は水浸し
もう何年もまえから
ずっと溺れ続けている

けれど
誰も姫を救えない
姫は迷宮の奥にいて
その道を抜けられる者は希だ

そのうえ姫は
気難しい


  助けて 会いに来て
  わたしにはあなただけなの
  愛してる 抱きしめて

  
美しい声でそう歌いながら
迷路を突破した気のいい若者を
すでに2人ばかり
神殿の泉に沈めて殺していた




迷宮の入り口には
姫の御用をきく
忠義な執事が一人

姫が猟師にお召しを出すとき
執事は不思議に思って
電話できいた


  姫様、姫様
  永遠なるわたしの姫様
  どうしてあの猟師をお召しになられるのです

  森の奥に豊かでもなく貧しくもなく住い
  家族にいわれなく罵倒されている
  あの猟師を


姫君は歌った


  ブーツよ、
  あのブーツ、

  あれは
  勇敢で優れた騎士のはく
  特別なブーツなのよ

  あれさえはいていれば
  この水も
  迷宮も
  すべて踏み越えることができるのよ


執事は黙って
お召しを出した 
猟師には気の毒だと思ったが
それが執事の
仕事だったから。





  迷宮の美姫から
  お召しがあった

  騎士として
  生まれついたからには
  行かねばならぬ


猟師はそう言って
森の奥の家を出た



猟師のブーツは魔法のブーツ
もしかしたら
迷宮をけちらし
洪水をのりこえ
姫のもとに辿り着くかもしれない

けれども

辿り着いたとしても
姫はまた
泉の水に
彼を沈めてしまうことだろう




それでも猟師は行かずにいられない
足のブーツは
騎士のブーツ
姫のお召しを
けっして断ってはならない  




迷宮の入り口の
眠たげな執事

やってきた猟師を見て
気の毒に思う


  一度ここから入ったら
  二度と生きては出られませんよ
  物数奇な方だ
  わたしなら
  そのブーツを捨てますね



親切に言ってやると
猟師は案の定
激怒した


  このブーツは
  オレだ
  オレ自身だ
  オレの人生であり
  オレの生き方だ


執事は殴られた
いつものことだ
それでも言った


  そのブーツは
  ブーツにすぎない
  あなた自身では
  ありませんよ

  そもそもあなたは
  猟師ではありませんか


執事はまた殴られて
気を失った




皮肉にも
迷宮の鍵は
執事が管理していた

猟師は姫君の嘆きの歌をききながら
執事の懐を探ったが
鍵は出て来なかった

どこにしまってあるのか
それは執事しか知らない


目覚めるのを待つしかなかった


だんだんそのうち
猟師の頭は
冷えて来た


ずっと続いている
姫の美しい歌声

  あなたってだれだ?

猟師は不安になった


  姫の歌は恋の歌

  姫を助けられるのは
  「あなた」なのではないか
  オレが行っても…


「あなたってだれだ」


猟師の問いに答える者はなく
姫君の歌はなおいっそう
美しく響き渡るばかり  


  あなたが悪い
  悪いのはあなた




風がふいた
姫の歌声が迷宮の壁に反響し
「あなた」が「わたし」に聞こえた




猟師は足下に倒れたままの執事を見、
そして自分の足を見た


…死んだお母さんが作ってくれた
魔法のブーツ


それは猟師を










更新日:2010-03-01 20:39:50

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