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第四章

「あら、もうそろそろ面会時間よ」
かなえは腕時計を見るとそわそわし始めた。
「娘達が今日は来てくれることになっているの」
廊下の方から弾んだ足音と明るい笑い声が聞えてくると、若い女性が二人ドアから入って来た。
「ママ、どう気分は?」と二人は口々に母に尋ねた。

背のすらっとした二人は顔だけ見ると双子のように似ていたが、一人の方が少し大柄で雰囲気がかなえに良く似ていた。
一人は色とりどりの花束を抱え、もう一人は物が一杯詰まった大きな籠を下げていた。
かなえが絵里子を紹介すると二人とも顔一杯にくったくのない笑みを浮かべて挨拶をした。
それから、花を花瓶に生けるため二人とも出て行った。

「なんて明るいお嬢様方でしょう。羨ましいわ、かなえさん」
「私と娘達は三人集まるとお喋りが止まらないのよ。
『お前たちはうるさいなー』と亡くなった主人がよくこぼしていたわ」

娘達が戻ってくると「皆さんのご迷惑になるからちょっと出てきますね」
と三人は籠を持って外の芝生でピクニックをするために出て行った。

かなえ母娘が出て行くと病室は静まって、なんだか間延びした空間に変わった。
絵里子は自分には見舞いに来る人はいないだろうと、うつむいて考えていると、
誰かが横に立ったのが目の端に入った。
顔を上げるとそれは一郎であった。
絵里子は思わず笑っていた。

「あなた、会社は?」
「これから行くんだよ。気分はどうかね」
「ええ、だいぶ落ち着いたわ」
一郎は外の景色に引かれて窓際へと進んだ。
「病院からこんないい風景が見られるなんて、思ってもいなかったな」

丹沢は紺碧の空の下に山肌の濃淡を鮮やかに見せて、浮き彫りの彫刻のようであった。
見る者にその生きざまを堂々と見せていた。
ツバメや鳩、すずめに烏と種々の鳥が飛び交っていた。

「窓際のベッドで良かったな、絵里子」
振り向いた一郎は顔に陽を一杯に受けていた。
絵里子は若い頃の一郎の顔を、一瞬だぶって見たような気がした。

「そうだ、これを持ってきたんだよ」
と差し出した紙袋を受け取った絵里子は、思わぬ重みに上掛けの上に落とした。
中を開いて見ると、桃缶が六個入っていた。
「今食べるかい?」
絵里子は頷いた。

一郎は器に桃を入れるとスプーんと一緒に渡した。
一口食べた絵里子は桃の甘さに心がせつなくなって涙ぐんだ。
それを一郎に気づかれないように、目を大きく開けて、桃を一心に見つめた。
呑み込む時、喉を通る冷たさが快かった。
「もう一つ食べるかい?」
絵里子が美味しそうに食べ終わるのを見て一郎は聞いた。
「いいえ、後にとっておくわ」

それから一郎は思い出したように、もう一つの袋から何かを取り出した。
それは絵里子が自分で編んだピンク色の毛糸の靴下だった。
冷え性の絵里子は、寝る時にこの靴下を履いて寝るのだった。
絵里子は、一郎がこんなに自分のことを考えていてくれるとは思ってみなかった。
「まあ、あなた、ありがとう」
「穿き慣れたものの方がいいと思ってね」
一郎はちょっと照れて言った。

「じゃあ、俺はもう行くからな」
「はい...明日は大きな検査があるんです」
絵里子は明日の検査がちょっと大変なものだということを一郎に知ってもらいたかった。
一郎は手を差し出した。
絵里子がその手に軽く触れると「頑張れよ」と言って絵里子の手を握った。
そしてドアを出る時振り返って手を上げた。





















更新日:2010-02-28 08:13:03

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