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そこへ看護婦が検温に入って来て、続いて朝食がプラスティックの容器に乗せられて運び込まれた。
パンとバターとジャムと紅茶である。
食欲の無い絵里子は、乾いたパンを呑みこむのに苦労した。
一口ごとに紅茶を飲まなければ入って行かないのであった。

「病院の食事って本当に味気ないものね。
こういう所に来て初めて家での食事がどんなに美味しいか解るものだわね」
食の進まない絵里子を慰めるように言ったかなえはもうすでに食べ終わっていた。

「私、病院の食事がいやなわけではないんです。私の胃が問題なんです。
大きな潰瘍ができているものだから...」
その事実を認めたくないという思いが、絵里子の声を小さくさせた。

「そう、あなたは胃が悪いのね。食べられないのは本当にお気の毒だわ。私は内臓は大丈夫なのよ。でも私の問題は頭なのよ。脳腫瘍なの」
絵里子ははっとした。
かなえは物が食べられるからだろうか、血色も良く、健康な人間と変わらなく見える。
それに彼女の明るい雰囲気からはそんな大変な病気を持っている人間にはとても思えないのだ。

「私は物は食べられてもね。いつも頭痛があるのよ。病院では強い鎮痛剤をくれるから少しはおさまっているけれど、頭痛があると結局なにもできないのよ。毎日痛みと戦うだけ。
手術はとても難しく成功率は50%なのだけれど、放っておいたら死ぬだけだし、私はもう頭痛と一緒に生きてゆくのはいやになたのよ。
一か八か手術に賭けてどっちに転んでも、頭痛とは縁を切ることにしたの」

絵里子の胃とかなえの頭を計りに掛けたらまだ自分の胃の方が軽いのではないか。
今まで自分が一番惨めで運が悪い人間だと拗ねていた自分に絵里子は気が付いた。

「驚かせてしまったわね。ご免なさい」
かなえは自分の話が絵里子にショックを与えたのを知って、いたわるように微笑みかけた。
かなえは自分が病人であっても、周りの人間のことを考えられる大きな心の持ち主だった。
絵里子はそんな彼女を賞賛の目で眺めた。
二人は単にベッドが隣同士であるだけでなく、これから先の幾日間か互いに手を差し伸べあって歩いて行くことになるだろうと友情のようなものをお互いに感じ取った。






更新日:2010-02-27 08:53:48

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