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第九章
家に帰ってきた絵里子はまた元の生活へと戻っていった。
住み慣れた家での馴染んだ日常。
棚の上の京人形のポーズも同じなら、枕元に置かれた読みかけの本もそのままだ。
絵里子が死ぬかもしれない大手術を受けたというのに回りは何も変わっていなかった。
テレビからは馬鹿馬鹿しいお笑いに爆笑する人々の笑い声があふれ出て、ニュースキャスターはにこやかなお面をつけて、毎日人々の生死にかかわる一大事を告げる。
だが、それで地球の回転が躓くわけではない。
昔から歌にも有るように、人の事情に関係なく陽は登り、潮は打ち寄せる。
散歩に出て、通り過ぎる人や公園で遊ぶ親子、そしていつも愛想の好い八百屋のおかみさんに
「実は私は癌でもう長くは生きられないかも知れないのですよ」
と言ってみたら皆、どんな反応を示すだろうか?などとおかしなことを考えてみる。
自分は死と隣り合わせで生きているのだが、世間の人々は死とは無縁と信じて生きている。それが不思議でならない。
変わったのは自分で、回りは少しも変わってはいないのだった。
絵里子は扉を開けて中を覗いたのである。
一度その中を見てしまったら、人生は変わってしまう。
その法則に自分を合わせるのに絵里子は少し時間が必要だった。
「お母さん、私、買い物に行って来るわ。お昼何がいい?」
「何でもいいのよ。未亜が決めてちょうだい」
「じゃあ何か美味しいものを作って上げるから楽しみにしていてね」
と自転車に乗って未亜は出かけて行った。
未亜は絵里子の世話を良くしていた。
「私、お母さんがもう少ししっかりするまで、お母さんのそばにいることに決めたの。
休学の手続きをしてきたのよ」
絵里子がアメリカに帰るようにと薦めたとき、決心を顔に表して言った。
悟志が絵里子の息子なら、未亜は一郎の娘であった。
外見から性格まで父親似であった。
我がままに育ったと絵里子は思ってきたが、それは自分の思っていることを包み隠さずに言う率直さや、自分のしたいことを周りの目を気にせずにしてしまうという奔放さなのだと、
彼女の生き方を認めてもいた。
思春期の頃は、自分と正反対に感情を押し殺す絵里子に、物足りなさや薄情さを感じたのであろう、随分と反抗した。
「お母さんがしっかりしないからこの家はばらばらだわ。
お父さんをこの家から遠ざけているのは、あなたの冷たさのせいよ」
などと情け容赦なく言ったものだった。
絵里子はそれで随分傷ついたが、それというのも真実を言われたからかも知れない。
高校を終えた未亜は、自分からアメリカへ留学すると言い出して、自分で資料を探してきて学校も決め、手続きも取ってしまった。
絵里子はそんな娘の頼もしさが嬉しくもあり、また羨ましくもあった。
反面、負けず嫌いの性格から一人で無理をするのではないかと心配していた。
だが、今、帰って来た娘は大きく成長していた。
前のような怒りやあら荒々しさが無くなっていた。
病身の母親に素直に労わりと優しさと示してくれた。
なんだか初めて母と娘が心を通わせる時のようであった。
未亜は、絵里子の先髪後の髪をドライヤーで乾かしてくれたり、マッサージをしながら絵里子に甘えているようであった。
気の強い娘が幼い時に得られなかった母の愛を今取り戻そうとしているのだった。
住み慣れた家での馴染んだ日常。
棚の上の京人形のポーズも同じなら、枕元に置かれた読みかけの本もそのままだ。
絵里子が死ぬかもしれない大手術を受けたというのに回りは何も変わっていなかった。
テレビからは馬鹿馬鹿しいお笑いに爆笑する人々の笑い声があふれ出て、ニュースキャスターはにこやかなお面をつけて、毎日人々の生死にかかわる一大事を告げる。
だが、それで地球の回転が躓くわけではない。
昔から歌にも有るように、人の事情に関係なく陽は登り、潮は打ち寄せる。
散歩に出て、通り過ぎる人や公園で遊ぶ親子、そしていつも愛想の好い八百屋のおかみさんに
「実は私は癌でもう長くは生きられないかも知れないのですよ」
と言ってみたら皆、どんな反応を示すだろうか?などとおかしなことを考えてみる。
自分は死と隣り合わせで生きているのだが、世間の人々は死とは無縁と信じて生きている。それが不思議でならない。
変わったのは自分で、回りは少しも変わってはいないのだった。
絵里子は扉を開けて中を覗いたのである。
一度その中を見てしまったら、人生は変わってしまう。
その法則に自分を合わせるのに絵里子は少し時間が必要だった。
「お母さん、私、買い物に行って来るわ。お昼何がいい?」
「何でもいいのよ。未亜が決めてちょうだい」
「じゃあ何か美味しいものを作って上げるから楽しみにしていてね」
と自転車に乗って未亜は出かけて行った。
未亜は絵里子の世話を良くしていた。
「私、お母さんがもう少ししっかりするまで、お母さんのそばにいることに決めたの。
休学の手続きをしてきたのよ」
絵里子がアメリカに帰るようにと薦めたとき、決心を顔に表して言った。
悟志が絵里子の息子なら、未亜は一郎の娘であった。
外見から性格まで父親似であった。
我がままに育ったと絵里子は思ってきたが、それは自分の思っていることを包み隠さずに言う率直さや、自分のしたいことを周りの目を気にせずにしてしまうという奔放さなのだと、
彼女の生き方を認めてもいた。
思春期の頃は、自分と正反対に感情を押し殺す絵里子に、物足りなさや薄情さを感じたのであろう、随分と反抗した。
「お母さんがしっかりしないからこの家はばらばらだわ。
お父さんをこの家から遠ざけているのは、あなたの冷たさのせいよ」
などと情け容赦なく言ったものだった。
絵里子はそれで随分傷ついたが、それというのも真実を言われたからかも知れない。
高校を終えた未亜は、自分からアメリカへ留学すると言い出して、自分で資料を探してきて学校も決め、手続きも取ってしまった。
絵里子はそんな娘の頼もしさが嬉しくもあり、また羨ましくもあった。
反面、負けず嫌いの性格から一人で無理をするのではないかと心配していた。
だが、今、帰って来た娘は大きく成長していた。
前のような怒りやあら荒々しさが無くなっていた。
病身の母親に素直に労わりと優しさと示してくれた。
なんだか初めて母と娘が心を通わせる時のようであった。
未亜は、絵里子の先髪後の髪をドライヤーで乾かしてくれたり、マッサージをしながら絵里子に甘えているようであった。
気の強い娘が幼い時に得られなかった母の愛を今取り戻そうとしているのだった。
更新日:2010-03-08 09:56:45