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第6話

 不意にヒイラギは、どこからか強い魔力がこちらに飛んでくるのを感じ取った。
 何、と思って魔力を感じた方向に目を向けると、そこには青い炎に包まれた何かが、矢のごとく高速でこちらに飛んでくるのが見えた。

 ――――!!

 その瞬間、ヒイラギの目の前が眩い閃光に包まれた。
 閃光が消えると、ヒイラギの目の前は隕石が落ちたように道路が丸くえぐり取られ、僅かに青い炎が燃え上がっている状態になっていた。
 ヒイラギはとっさに左手を突き出して防御結界を展開し、青い炎を防いでいた。だが、完全に防ぎきる事はできなかった。その証拠に、左腕に感じる熱い痛みがそれを知らせている。
 見ると、ジャンパーの左袖はズタズタに焼き切れ、そこから青い血の雫がいくつも道路に零れ落ちている。
 ヒイラギは自分の防御結界には自信を持っていた方だったが、完全ではなかったにせよ突き破ったとは凄まじい威力だ。完全に破られていれば、即死だっただろう。
「な、何だ……!?」
 ユウト達も、突然の出来事に驚きを隠せない様子でいる。
 だらりと落ちた青く染まった左腕を右手で押さえながら、ち、とヒイラギは舌打ちした。
 僅かに燃える青い炎に、魔力の残滓を感じ取ったヒイラギは、この攻撃がソーサラーのものであると確信した。しかもこの攻撃は、明らかにヒイラギを狙っていた。射線の先には、ユウトやエミリはいなかったために、すぐにそう判断できた。誤射にしては正確すぎる。
「まだ裏切り者がいるって言うの……!?」
 ヒイラギは周囲を見回す。
 だが、周囲にソーサラーの姿はおろか、人影1つ見当たらない。青い炎が飛んできた先には、遠くにそびえ立つ大きなマンションが見えるだけだ。
 ――まさか、遠距離からの狙撃……!?
 ソーサラーが生成するアームド・マジックには、剣のような近距離戦に特化したものはもちろん、銃のような遠距離戦に特化したものも存在する。アームド・マジックの生成には、個人の潜在能力が反映されるため、個人によってさまざまな種類の武具を形成する。中には、武具ではない特殊能力型のものを形成する者も存在する。
 遠距離から敵を狙撃できるアームド・マジックを使うソーサラーの攻撃だと考えれば、ここにいなくても離れた安全な場所から攻撃する事が可能だ。青い炎が飛んできた先にあるマンションの屋上ほど、狙撃するのに絶好のポイントはない。
 向こうが敵を射止め損なったと気付けば、すぐに退却するか、場所を変えようとするだろう。その前に、正体を突き止めなければならない。
 ヒイラギはすぐに行動に移す。
 ヒイラギ、とユウトが呼ぶ声がしたが、彼の呼びかけに答えている余裕はない。
 目の前に敵がいると思われるマンションを見据え、ヒイラギは駆け出した。青い血の跡を、道路に残しながら。

「お、おい! 待てよヒイラギ!」
 ユウトは背中を向けて走り去るヒイラギを呼び止めようとしたが、ヒイラギは返事1つ返す事なく、ユウトの前を去ってしまった。
 ヒイラギは突然飛んできた謎の攻撃を防いだ反動か、左腕から青い血を流していた。その状態で動き回る事は誰が考えてもよくないという事は明白だというのに、ヒイラギは自分を攻撃した敵の正体を突き止めなければという思いに駆られているように、傷を負った体のまま飛び出してしまった。あのまま出血多量になれば、命の危険に晒されてしまう。
 ユウトはすぐにヒイラギの後を追って止めようとしたが、その前にヒイラギの姿は近くの曲がり角へと姿を消してしまった。
「まだ敵がいる……!」
 そんなユウトの横に、フィリーネが現れた。
 フィリーネもヒイラギを追って飛び出そうとしていたが、ユウトはフィリーネの『敵』という言葉を聞いて、先程の攻撃でまだ戦おうという意志がある事を感じ取り、すぐにフィリーネの手を掴んで止める。
「待てよフィリーネ! もういいんだ!」
 ユウトが叫ぶと、フィリーネは顔をユウトに向ける。
 ユウトの言葉を不服に思っている目を持つその顔には、先程の戦闘で浴びた青い返り血が付いている。青く染まった頬を持つその顔を、ユウトは一瞬、フィリーネのものではないようにも思えた。
「何を言うのですか!? あの攻撃が敵のものであれば、すぐに応戦しなければ!!」
「どうしてフィリーネは戦う事にこだわるんだ!? 今の奴だって、正体がわからないんだから下手に手を出したら危ないだろう!?」
「そんな事は関係ありません!! 敵ならば私の剣で打ち倒すまでです!!」
 ユウトの主張に強く反論するフィリーネの姿を見て、まだそんな事を、とユウトは胸が締め付けられる感触がした。
 一度戦闘に飛び込んだフィリーネは、普段のおとぼけな少女から一転して、冷酷な戦士へと変貌する。まるで、スイッチを入れて切り替えられたように。

更新日:2010-06-26 19:22:04

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