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第5話
この町にいる、全てのソーサラーに通達します。
我々は、フェリシアという逃走中のソーサラーを探しています。
彼女は、2人の人間と共にこの町に潜伏しているものと推測されます。
モンタージュを送りますので、発見次第、彼女の身柄を確保してください。
彼女は闘争心が強く、一度敵と判断した者には容赦なく襲いかかります。
ですが、決して殺す事はしないように。身柄を確保次第、我々が受け取りに向かいます。
ただし、共に行動する2人の人間の処理は、皆さんにお任せします。
* * *
脳裏に送り込まれた何者かの言葉と、黄色の髪と水色の瞳を持つ少女のモンタージュによって、青年は上の空だった意識を呼び戻された。
彼がいるのは、殺風景な部屋だった。
テレビもなければ、時計もない。ソファも、テーブルすらもない。室内灯も付いていない。普通の住まいには当たり前のようにある家具が皆無だ。あるといえば、窓から差し込む日の光と、乱雑に置かれた毛布や大きめの鞄、中央に置かれているランタン、隅に置かれたビニール袋から床に零れ落ちている保存食程度。長く掃除されていないからか、床も壁も天井も薄汚れている。
生活観というものがまるでない、廃墟のような部屋。それはまるで、部屋というよりは牢屋という言葉がふさわしいものだった。
そんな牢屋の壁際に、隠れるようにうずくまっていた青年は、ゆっくりと立ち上がった。長くこの状態でいたので、軽く両腕を上げ、背筋を伸ばす。
今の声と少女のモンタージュは恐らく、見知らぬソーサラーの魔力通信である事は、容易に想像できた。問題は、その中身だ。
モンタージュによって脳裏に焼き付けられた少女の顔。そして、フェリシアという名前。
――ああ、あれは確か……
青年は思い出した。フェリシアという名の少女の正体を。
彼女は『破壊神』。以前のソーサラー大戦において、猛威を振るった鬼神のごときソーサラー。いや、厳密に言えばソーサラーではない。戦争の最中、人類防衛連合の猛攻によって倒されたと思われていたが、まさか生きていたとは。それなら、『あのソーサラー達』が血眼になって探すのも当然だと、青年は思った。
だが問題なのは、2人の人間が行動を共にしている事。
人類防衛連合に、いや、全ての人間に恐れられたあのソーサラーが、なぜ人間と行動を共にしているのだろうか。
それは、まさか――
「どうしたの、リュウさん?」
不意に、細い少女の声が耳に入ったため、青年の思考は停止した。顔を向けると、青年にとって一番近い他人がそこにいる。
窓際に座り込んでいる、1人の少女。水色のロングヘアーをストレートに下げ、黒いセーラー服とスカートを身に着けている学生のような容姿。青年よりは頭1つ分ほど背は低く、年齢は青年よりも低く見える。青年を見つめる、どこか愁いを帯びた瞳は、すぐに怪我をしてしまいそうな弱々しさを感じさせる。
「……いや、ちょっと野暮用で出かけてくる」
「出かけるって、どこに?」
青年は足元に投げ捨ててあった紫色の革ジャンに袖を通しながら、わざと冷たい言葉で答え、玄関に向かおうとしたが、少女の視線は行かないで、とでも言っているかのように、青年を呼び止める。それはまるで、親から離れて1人になってしまう事を嫌がる子供のようにも見えた。
そもそも、青年は訳あって、理由なく外出する事はない。外出するとなれば、理由はおのずと限られてくる。少女はそれを当然知っているはずで、その事を不安に思っているのかもしれない。
無視してそのまま出ようかとも思ったが、このままでは彼女までついて来そうな気がしたため、青年は答える事にした。肩越しに顔を向け、少女の問いに冷たい口調のまま答える。
「ちょっとそこまでだ。安心しな、変な事はしない」
青年は顔を戻し、牢屋のような部屋をゆっくりと出て、玄関に向かう。
ドアノブに手をかけ、ゆっくりとドアを開ける。そのドアが、なぜか重く感じた。
その時、少女が何か言ったような気がしたが、それは気に留めずに、青年は玄関を出て、重いドアをゆっくりと閉めた。
玄関を出て振り返ると、自らの隠れ家の姿を見る事ができる。
ところどころ剥がれている壁や天井の塗料と、ぼうぼうに生えている庭の草からすぐにそうだとわかる、古びた家。ぱっと見ただけでは、そこに人が住んでいるとは、誰も思わないだろう。見る人が見れば、幽霊屋敷に見えるかもしれない。そこが、青年と少女の仮初めの住まい。
この家に、持ち主はいない。既に去ってしまったのか、あるいは見つからないまま捨てられてしまったのか。いずれにせよ、青年にとっては絶好の隠れ家であった。
我々は、フェリシアという逃走中のソーサラーを探しています。
彼女は、2人の人間と共にこの町に潜伏しているものと推測されます。
モンタージュを送りますので、発見次第、彼女の身柄を確保してください。
彼女は闘争心が強く、一度敵と判断した者には容赦なく襲いかかります。
ですが、決して殺す事はしないように。身柄を確保次第、我々が受け取りに向かいます。
ただし、共に行動する2人の人間の処理は、皆さんにお任せします。
* * *
脳裏に送り込まれた何者かの言葉と、黄色の髪と水色の瞳を持つ少女のモンタージュによって、青年は上の空だった意識を呼び戻された。
彼がいるのは、殺風景な部屋だった。
テレビもなければ、時計もない。ソファも、テーブルすらもない。室内灯も付いていない。普通の住まいには当たり前のようにある家具が皆無だ。あるといえば、窓から差し込む日の光と、乱雑に置かれた毛布や大きめの鞄、中央に置かれているランタン、隅に置かれたビニール袋から床に零れ落ちている保存食程度。長く掃除されていないからか、床も壁も天井も薄汚れている。
生活観というものがまるでない、廃墟のような部屋。それはまるで、部屋というよりは牢屋という言葉がふさわしいものだった。
そんな牢屋の壁際に、隠れるようにうずくまっていた青年は、ゆっくりと立ち上がった。長くこの状態でいたので、軽く両腕を上げ、背筋を伸ばす。
今の声と少女のモンタージュは恐らく、見知らぬソーサラーの魔力通信である事は、容易に想像できた。問題は、その中身だ。
モンタージュによって脳裏に焼き付けられた少女の顔。そして、フェリシアという名前。
――ああ、あれは確か……
青年は思い出した。フェリシアという名の少女の正体を。
彼女は『破壊神』。以前のソーサラー大戦において、猛威を振るった鬼神のごときソーサラー。いや、厳密に言えばソーサラーではない。戦争の最中、人類防衛連合の猛攻によって倒されたと思われていたが、まさか生きていたとは。それなら、『あのソーサラー達』が血眼になって探すのも当然だと、青年は思った。
だが問題なのは、2人の人間が行動を共にしている事。
人類防衛連合に、いや、全ての人間に恐れられたあのソーサラーが、なぜ人間と行動を共にしているのだろうか。
それは、まさか――
「どうしたの、リュウさん?」
不意に、細い少女の声が耳に入ったため、青年の思考は停止した。顔を向けると、青年にとって一番近い他人がそこにいる。
窓際に座り込んでいる、1人の少女。水色のロングヘアーをストレートに下げ、黒いセーラー服とスカートを身に着けている学生のような容姿。青年よりは頭1つ分ほど背は低く、年齢は青年よりも低く見える。青年を見つめる、どこか愁いを帯びた瞳は、すぐに怪我をしてしまいそうな弱々しさを感じさせる。
「……いや、ちょっと野暮用で出かけてくる」
「出かけるって、どこに?」
青年は足元に投げ捨ててあった紫色の革ジャンに袖を通しながら、わざと冷たい言葉で答え、玄関に向かおうとしたが、少女の視線は行かないで、とでも言っているかのように、青年を呼び止める。それはまるで、親から離れて1人になってしまう事を嫌がる子供のようにも見えた。
そもそも、青年は訳あって、理由なく外出する事はない。外出するとなれば、理由はおのずと限られてくる。少女はそれを当然知っているはずで、その事を不安に思っているのかもしれない。
無視してそのまま出ようかとも思ったが、このままでは彼女までついて来そうな気がしたため、青年は答える事にした。肩越しに顔を向け、少女の問いに冷たい口調のまま答える。
「ちょっとそこまでだ。安心しな、変な事はしない」
青年は顔を戻し、牢屋のような部屋をゆっくりと出て、玄関に向かう。
ドアノブに手をかけ、ゆっくりとドアを開ける。そのドアが、なぜか重く感じた。
その時、少女が何か言ったような気がしたが、それは気に留めずに、青年は玄関を出て、重いドアをゆっくりと閉めた。
玄関を出て振り返ると、自らの隠れ家の姿を見る事ができる。
ところどころ剥がれている壁や天井の塗料と、ぼうぼうに生えている庭の草からすぐにそうだとわかる、古びた家。ぱっと見ただけでは、そこに人が住んでいるとは、誰も思わないだろう。見る人が見れば、幽霊屋敷に見えるかもしれない。そこが、青年と少女の仮初めの住まい。
この家に、持ち主はいない。既に去ってしまったのか、あるいは見つからないまま捨てられてしまったのか。いずれにせよ、青年にとっては絶好の隠れ家であった。
更新日:2010-06-26 19:03:30