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小説

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台風が過ぎたあとの川を見に行くのが病的に好きだ。
増水していればしているほどなぜかとても興奮する。

観測史上何番目かの大型で激しい台風が東京を通過していった翌朝
僕は多摩川の土手に腰掛けて増水した川面を眺めていた。

水面は足元に届きそうなほど上昇していて
テトラポッドは水没した古代遺跡の神殿のように川底で沈黙していた。


台風一過で勢いを取り戻した夏の日差しが光の鱗となって川面に揺れている。
その美しさに僕は思わず川面に顔を浸したい衝動に駆られる。
釣りの達人よろしく川の流れに厳しい視線を向けるふりをしながら
さりげなく四つん這いの姿勢になって川面に軽く鼻の先をつけた。
生暖かい感触が鼻先をくすぐり顔を離すと微かに生臭い匂いが鼻孔に広がった。

周囲に人がいないことを確認すると、今度は思い切って顔全体を川の中に突っ込んでみることにした。


息を吸い込み、一気に川面に顔を浸した。
吸い込んだ息を水中で少しずつ出す。
が、思った以上にスムーズに呼吸ができてしまう。
不思議に思って目を開くとそこには真っ青な夏の空が広がっていた。
波の音が聞こえ、微かに潮の香りがした。

顔を下にして川に顔を突っ込んだつもりが、なぜだか空を見上げている。
水面に顔だけぽっかり出して、見知らぬ青空を眺めながら
クールバスクリンみたいに真っ青な海にぷかりぷかりと浮かんでいる。
その奇妙な感覚が心地良くて、僕はくらげのようにゆらゆらと浮遊を楽しんだ。

しかし冷静に考えると本来なら僕は四つん這いで川の中に頭を突っ込んでいる状態なわけで
その状態を川にやってきた誰かに見られたら相当まずいということに気付き
渋々ながら水面から顔を引き抜いた。


驚いたことに夏の日差しが照りつけていた多摩川の土手はすっかり日が暮れていて
空を見上げるとお盆で都内に人が少ないせいか、見事な星空だった。
多摩川のどこかで水面に顔だけ浮かべた誰かがこの星空を見上げているかもしれないなと思った。

更新日:2010-02-17 16:21:21