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小説

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空気嫁

気がつくと部屋に空気嫁がいた。

なぜ空気かというと
彼女に触れようと片手を伸ばしたところすり抜けたからであり

なぜ嫁かというと
彼女が
「今日から私があなたのヨメです」
と宣言したからである。

六畳一間のアパートにひきこもりはや数年。
僕の精神はバグってハニーな領域に足を踏み込んだらしい。

でも、誰に迷惑かけるわけでもなし。
これはこれでアリだと思った。



空気嫁は長い髪をリボンで一つにまとめ
黄色いヒヨコのアップリケのついたエプロンという
ザ・嫁な格好をしているくせに家事を一切しなかった。

彼女は僕が暇に任せてこれでもかと言うくらいじっくり煮込こむ
特製カレーの制作を真剣に観察したり

洗濯物を畳んでいるぼくの姿を
ニコニコしながら眺めたりするだけだった。

「ちょっとは手伝ってよ」と言うと

「自分のことは自分でしなさい」と言われた。



「海に行きたい」
ある日空気嫁がそんなことを言い出した。

どうせ時間だけは山ほどあるので
しばらく乗ってなかった自転車の空気を入れ直して
後ろに空気嫁を乗せて海へと走り出した。

「ここから海までどのくらいあるの?」
「三十キロくらい?」
「遠すぎだよ。バカじゃないの?」
「かもしれない」

海に着いた頃には日は暮れかかっていて入道雲が夕日で赤く染まっていた。
自転車の後ろに乗っていたはずの空気嫁はいつの間にかいなくなっていた。



一年後、コンビニで知らないおばさんに声をかけられた。
中学時代にクラスメートだった女の子の母親だという。

「あのコ生前はアナタの話ばかりしてたもんだから」

生前?

彼女は一年前の今頃に亡くなったらしい。

僕は押し入れから卒業アルバムを引っ張り出してクラスのページを開いた。
そこには紺色のジャンパースカート姿のまだあどけなさの残る空気嫁の姿があった。

でも中学時代の彼女のことを全く思い出せなかった。
そしてアルバムには僕の写真が一枚もなかった。
僕が写っていたと思っていた場所には全部、空気嫁が写っていた。

更新日:2010-02-17 16:20:39