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 大学の6階にあるカウンセリングルームはむやみやたらと殺風景で、家具といえばカウンセラーのデスク、テーブル、椅子が二脚、専門書を並べたスチール製キャビネット。壁に掛かったマリー・ローランサンの複製画、コーヒードリッパー。全てが整然と並べられており、遊び心など一切存在しない。鼻につく塗り立ての壁の匂い。やたらと西日が強く、それなのにカーテンが閉まる日はついになかった。
「それで」
 声が耳に届く。ぽっかりと口をあけ真っ白な窓の外を見つめていたジョーは慌てて唇を引き結んだ。
「どうかね、調子は」
 乾いた口調。いい加減うんざりしているのが手に取るように分かるし、それを責めるような真似をしたいとも思わない。今週この部屋を訪れるのは3回目だ。
「別に、そう。相変わらずですね」
 毛玉のついたソファーを撫で、ジョーはぼんやりと呟いた。緑色。先客が何かを零したのか、茶色の塊がこびりついている。指先で触れそうになり、慌てて手を引っ込める。走った悪寒はなかなか去らない。数十秒の沈黙。

 僕が倒れるといつもお前らが影響を受ける 頭痛と不安 僕のイライラは悪化し続ける

「薬があってないのかもしれないな」
「いえ、質が問題じゃなくて」
 あと二錠になったリチウムケースの軽さを思い出し、慌てて否定する。
「つい飲みすぎちゃうんですよ」
 まるで水の中で喋っているような気分だった。声がくぐもっている。眩しい。
 精一杯媚びた不安顔で、虚空を見上げる。
「ハリボーのグミキャンディと勘違いしちゃって」
 あからさまに顰められた眉。
「最近外に出た?」
「朝起きられなくて」
「講義のほうはどうだね、楽しいって言ってた、月とシナトラと地面に埋まった犬の骨の話」
「できる限り出席しようと思ってます」
「ふんふん、友達は?」
「池に飛び込みました。突き落としてやろうって思うより先に。それ以降姿が見えません、煙みたいに消えて」
「はぁはぁはぁ」
 チョコレートシロップのように見えた塊が、数匹の芋虫になって腕置きを這い回る。
「じゃあどうして君はここにいるのかね」
「さぁ……」
「分からない? はぁ、はぁ」
 光が目に飛び込んできて瞬きしなければならないはずなのに、痛みを感じない。

 僕の腕にはお前らの魂を そうして僕はお前に責任を誓う 移り変わっていく中でいつも考えていたこと お前らが想像していたことは分かってる

 
 

更新日:2009-03-21 11:59:51

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