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「あれは何ですか」と藤吉は新助に聞いた。
「人買いだ。遊女屋に行くんだろう」
藤吉は清須にいた遊女、紫陽花の事を思い出し、あの娘たちも、御殿の中で綺麗な着物を着て暮らすのかと羨ましそうに見送った。
「まあ、いい。今夜はわしのうちに泊まれ」と新助は言った。
「えっ、いいの」藤吉は跳びはねて喜んだ。
新助の家は門前町のはずれにあった。気さくなおかみさんがいて藤吉の面倒をよく見てくれた。新助は叔父に藤吉を預かっている事を告げたらしいが、叔父に謝って戻れとは言わなかった。藤吉は新助の家に厄介(やっかい)になりながら、おかみさんの蛤(はまぐり)売りを手伝っていた。
蛤売りは面白かった。
「蛤はいらんかね。取り立ての蛤はいらんかね」と大声で叫びながら町中を売り歩くのは塩の荷揚げをするより、ずっと楽しかった。
町中を売り歩きながら、裏通りに住んでいる様々な人たちと会うのが楽しく、直接、銭を貰えるのが嬉しかった。特に花街と呼ばれている一画は、いつも、琴や笛の調べが流れていて、綺麗な姉さんが大勢いた。姉さんたちは優しく、珍しい話や面白い話を色々としてくれた。
藤吉も十四歳になり、多少、色気づいて、人並みに女に興味を持ち始めていた。
藤吉が今まで見て来た女というのは、中村にいた頃、一緒に遊んだ近所の幼なじみか、頭のおかしいおきた観音、それに、男まさりの姉くらいのものだった。清須では一流の遊女、紫陽花と会ったが、あれは例外で、藤吉の手の届く女ではなかった。ここの遊女たちはもっと身近に感じられ、初めて、女というものに胸をときめかせていた。
自分ではもう一人前の男だと思っていても、はた目から見れば、身なりの小さい藤吉は十歳位の子供にしか見えなかった。花街の女たちも、藤吉を子供だと思って気を許して、からかって遊んでいるだけなのだが、藤吉は毎日、花街に行くのを楽しみにしていた。
「あら、また、お猿さんが蛤を売りに来たわ」と、ここでも猿呼ばわりだった。でも、藤吉は怒らなかった。猿と呼ばれると、わざと猿の真似をしてお道化(どけ)て見せ、女たちを喜ばせていた。
「今日は大きな蛤が入りました。うまいですよ。みんなで召し上がって下さい」
「お猿さん、あたしの蛤もおいしいのよ。召し上がる?」とツバメ姉さんが笑いながら言った。
「お姉さんも蛤を売ってるんですか」と藤吉は不思議そうに聞いた。
「そうよ」とツバメ姉さんは身をくねらせた。
「まあ、大きな蛤だこと」とヒバリ姉さんが顔を出した。「でも、スズメちゃんには負けるわね」
「お姉さん、ひどいわ。あたしのそんなにも大きくないわよ」とスズメ姉さんは口をとがらせた。
「いいえ。あたし、知ってるのよ。スズメちゃんのは大きいって評判よ」
女たちはキャーキャー騒ぎながら蛤を手に取って、あたしの蛤より大きいだの小さいだの言っていた。藤吉には何の事かわからず、きょとんとして話を聞いていた。
「そうだわ。お猿さんに比べてもらいましょうよ」とヒバリ姉さんが言った。
「そうよ。それがいいわ」とツバメ姉さんが賛成した。
「やだわ、お姉さん、そんなの見せられないわ」スズメ姉さんは反対したが、
「相手はまだ子供よ。ほら、この子ったら、何もわからないのよ」とツバメ姉さんが言うと、スズメ姉さんは藤吉の顔を見つめ、「そうね、いいわ」とうなづいた。「絶対に、あたしの方が小さいんだから」
スズメ姉さんは大きな蛤を手に取ると藤吉に手渡し、着物の裾をまくり上げると、藤吉の目の前で股座(またぐら)を広げて見せた。
「さあ、あたしのとその蛤どっちが大きい」
藤吉はスズメ姉さんの行動に驚いたが、初めて見る女の股座にじっと見入った。姉さんたちが言うように、それは確かに少し口を開いた蛤に似ていた。こんな物が女の股座に隠れていたのかと藤吉は不思議に思った。姉や母の裸は見た事あっても、蛤までは見た事はない。それに、大工の善八のおかみさんの裸も毎日、見ていたが蛤には気がつかなかった。
「人買いだ。遊女屋に行くんだろう」
藤吉は清須にいた遊女、紫陽花の事を思い出し、あの娘たちも、御殿の中で綺麗な着物を着て暮らすのかと羨ましそうに見送った。
「まあ、いい。今夜はわしのうちに泊まれ」と新助は言った。
「えっ、いいの」藤吉は跳びはねて喜んだ。
新助の家は門前町のはずれにあった。気さくなおかみさんがいて藤吉の面倒をよく見てくれた。新助は叔父に藤吉を預かっている事を告げたらしいが、叔父に謝って戻れとは言わなかった。藤吉は新助の家に厄介(やっかい)になりながら、おかみさんの蛤(はまぐり)売りを手伝っていた。
蛤売りは面白かった。
「蛤はいらんかね。取り立ての蛤はいらんかね」と大声で叫びながら町中を売り歩くのは塩の荷揚げをするより、ずっと楽しかった。
町中を売り歩きながら、裏通りに住んでいる様々な人たちと会うのが楽しく、直接、銭を貰えるのが嬉しかった。特に花街と呼ばれている一画は、いつも、琴や笛の調べが流れていて、綺麗な姉さんが大勢いた。姉さんたちは優しく、珍しい話や面白い話を色々としてくれた。
藤吉も十四歳になり、多少、色気づいて、人並みに女に興味を持ち始めていた。
藤吉が今まで見て来た女というのは、中村にいた頃、一緒に遊んだ近所の幼なじみか、頭のおかしいおきた観音、それに、男まさりの姉くらいのものだった。清須では一流の遊女、紫陽花と会ったが、あれは例外で、藤吉の手の届く女ではなかった。ここの遊女たちはもっと身近に感じられ、初めて、女というものに胸をときめかせていた。
自分ではもう一人前の男だと思っていても、はた目から見れば、身なりの小さい藤吉は十歳位の子供にしか見えなかった。花街の女たちも、藤吉を子供だと思って気を許して、からかって遊んでいるだけなのだが、藤吉は毎日、花街に行くのを楽しみにしていた。
「あら、また、お猿さんが蛤を売りに来たわ」と、ここでも猿呼ばわりだった。でも、藤吉は怒らなかった。猿と呼ばれると、わざと猿の真似をしてお道化(どけ)て見せ、女たちを喜ばせていた。
「今日は大きな蛤が入りました。うまいですよ。みんなで召し上がって下さい」
「お猿さん、あたしの蛤もおいしいのよ。召し上がる?」とツバメ姉さんが笑いながら言った。
「お姉さんも蛤を売ってるんですか」と藤吉は不思議そうに聞いた。
「そうよ」とツバメ姉さんは身をくねらせた。
「まあ、大きな蛤だこと」とヒバリ姉さんが顔を出した。「でも、スズメちゃんには負けるわね」
「お姉さん、ひどいわ。あたしのそんなにも大きくないわよ」とスズメ姉さんは口をとがらせた。
「いいえ。あたし、知ってるのよ。スズメちゃんのは大きいって評判よ」
女たちはキャーキャー騒ぎながら蛤を手に取って、あたしの蛤より大きいだの小さいだの言っていた。藤吉には何の事かわからず、きょとんとして話を聞いていた。
「そうだわ。お猿さんに比べてもらいましょうよ」とヒバリ姉さんが言った。
「そうよ。それがいいわ」とツバメ姉さんが賛成した。
「やだわ、お姉さん、そんなの見せられないわ」スズメ姉さんは反対したが、
「相手はまだ子供よ。ほら、この子ったら、何もわからないのよ」とツバメ姉さんが言うと、スズメ姉さんは藤吉の顔を見つめ、「そうね、いいわ」とうなづいた。「絶対に、あたしの方が小さいんだから」
スズメ姉さんは大きな蛤を手に取ると藤吉に手渡し、着物の裾をまくり上げると、藤吉の目の前で股座(またぐら)を広げて見せた。
「さあ、あたしのとその蛤どっちが大きい」
藤吉はスズメ姉さんの行動に驚いたが、初めて見る女の股座にじっと見入った。姉さんたちが言うように、それは確かに少し口を開いた蛤に似ていた。こんな物が女の股座に隠れていたのかと藤吉は不思議に思った。姉や母の裸は見た事あっても、蛤までは見た事はない。それに、大工の善八のおかみさんの裸も毎日、見ていたが蛤には気がつかなかった。
更新日:2011-05-14 13:52:50