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 清須の城下は五条川に沿って南北に長く、中央に堀と土塁に囲まれた清須城があり、北と南に町人の住む町が形成されていた。祖父の家は南側のはずれにあり、界隈には様々な職人たちが住んでいた。
 藤吉は川向こうに見える城の櫓(やぐら)を眺めながら、これが武衛様のお城かと感心していた。
 こんなお城に住めたら凄いな。やっぱり、お侍はいいなあ。でも、古渡のお城下を焼いたのは、ここのお侍だ。あんな事をするお侍には絶対になりたくない。
「藤吉、お前、まさか、お侍になりたいと思ってるんじゃないじゃろうな」と祖父は城を見つめている藤吉に聞いた。
 藤吉は祖父の方を見ると強く首を振った。
「お侍はいやだ。この間、烏森のおじさんと従兄の五郎さんが戦死したばかりだもん。おばさんが泣いてた。俺はおっ母や姉ちゃんを悲しませたくない」
「そうか。烏森のおじさんも美濃で戦死したのか‥‥‥大勢の者が亡くなったらしいの」
「ねえ、おじいさん、俺、刀鍛冶になれんか」
「ほう、藤吉は刀鍛冶になりたいんか」
「これからは手に職を持つんが一番だと思ったんだ」
「そうか、そうか、新太の奴と一緒に修行せい。立派な鍛冶師になれば、今の世の中、どこに行っても食って行けるわ」
「どこに行っても」
「ああ。今の世の中はどこに行っても戦じゃ。槍や刀はいくつあっても足りんのじゃ。腕がよければ、どこに行っても引っ張り凧じゃ」
 藤吉は京都に旅立つ前に清須を見ておこうと気楽な気持ちで出て来た。杉原のおばさんには中村の家に帰ると言ったので、握り飯を貰うわけにもいかず、清須に着いた時には、もう腹ぺこだった。京都に行くには何日も掛かる。このままでは駄目だと藤吉は思った。そこで、腕に職を持てばいいんだという結論に達した。当然、一人前の刀鍛冶になるのに、どれ位の修行が必要なのかまでは考えていない。たまたま、祖父が刀鍛冶だったから、刀鍛冶になろうと思っただけだった。
 次の日から、藤吉は従兄の新太郎と一緒に刀鍛冶の作業場に入って仕事を始めた。火が赤々と燃えている暑い作業場で朝から晩まで雑用をやらされ、こんなはずじゃなかったと悔やんだ。一つ年上の新太郎は文句も言わずに雑用をやっている。新太郎に聞くと、一人前になるには十年の修行が必要だという。
 冗談ではなかった。十年もこんな所にいられない。自分から刀鍛冶になると言った手前、あまり早く音(ね)を上げると根性なしと思われるので、三ケ月間、じっと我慢して、祖父に自分は鍛冶師には向いていないから他の仕事を世話してくれと頼んだ。
 祖父は残念そうな顔をして、「そうか。お前には向いてないか‥‥‥」とつぶやいた。「わしはお前に立派な鍛冶師になって、鉄砲を作ってもらいたいと思ってたんじゃ」
「鉄砲?」藤吉には何の事かわからなかった。
 祖父はうなづいた。
「四年前に薩摩の種子島という所に南蛮人がやって来てのう。鉄砲という新しい武器を伝えたんじゃ。まだ、戦で使われる事はないがの。そのうち鉄砲が弓矢に変わる事となろう」
「鉄砲って何です」
「鉄でできた筒から鉛の玉が飛び出す新しい武器じゃ。飛び出す時に物凄い音がしてのう。弓矢よりもずっと威力があって、その玉に当たると絶対に死んでしまうんじゃよ。しかし、作るのは難しいらしくての。伜の孫次郎が鉄砲を作るために今、小折(こおり)村に行ってるんじゃ」
「孫次郎おじさんが鉄砲を作ってるの」
「うむ。小折村の生駒(いこま)殿に頼まれてのう」
「生駒殿って?」
「太夫(たゆう)様と呼ばれるお大尽(だいじん)じゃ。鉄砲を作るには銭が掛かるからのう。伜の奴は腕を見込まれて生駒殿のもとに行ったんじゃ。これからの世は鉄砲じゃ。鉄砲を作る腕があれば、蔵の二つや三つ、すぐに建つわ。お前なら鉄砲が作れると思ったんじゃがのう。向いてないか、残念じゃ‥‥‥」

更新日:2011-05-14 13:32:21

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