• 8 / 11 ページ

卵 窓辺 憎悪 (恋愛)


久しぶりにあの男を見た瞬間、自分の中で何かが壊れた。

心の中でゆっくりと頭を擡(もた)げようとする、醜い復讐心。
過去に自分が堕ちた地獄へ誘(いざな)ってやりたいという、汚い欲求。
徐々に心の中で増幅していく、男への憎悪。

…そんな事をすれば、漸く手に入れた幸せな日々を失う事になるというのに。

あの頃の私は、彼の事を愛していた。
…彼が自身の、すべてであるかの様に。
…まるで母親の存在を絶対と信じる、卵から孵ったばかりの雛鳥の様に。

今にも自分の中で、何かが暴れ出しそうになる。

再び壊れそうな、自分。
全く変わらない、あの男。


『俺、他に彼女いないなんて、言ったっけ?
 もう、別れよっか?…お前真面目すぎて、つまんないよ。』


あの日の彼の言葉が、頭の中で木霊する。
彼は私があの時の女だという事に、気付きもしない。

…あんなにも残酷な言葉で私を、永遠とも思えるような長い地獄へ突き落したというのに。


どうすれば、彼を膝まづかせる事が出来る?

そんなの、簡単でしょう?
…今の、私なら。

…全てを失う覚悟さえあれば、ね?


心の中で、悪魔が囁いた。


ふと窓辺を見ると、真っ白な雪が降っていた。

そうだ。私にはもう、大切な人がいるじゃない。
…私に人間らしい感情を再び取り戻させてくれた、とても大切な人が。

降りしきる雪の中、私を好きだと言ってくれた、彼の穏やかな声。
自分は絶対に裏切らないと言ってくれた、彼の優しい瞳。

…あんな馬鹿な男の為に、再びあの人を傷つけるなんて真似、出来ない。
…彼を失うだなんて、それこそ耐えられるはずがない。

気付くと私は、クスクスと笑っていた。
私の心からは、さっきまでの醜い感情は既に姿を消している。
携帯を取り出し、私は愛する彼に電話を掛けた。


「…急に、ごめんね?
 今日の夜、会いたいんだけど。
 …駄目かな?」










※5/21 以前書いてたものを、再掲載しました。

更新日:2010-05-21 13:12:01

  • Twitter
  • LINE
  • Facebook

ryon*の 『お題小説』 のお部屋