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現実の中の非現実も現実

薄暗い紫紺の闇の中―。
十二支の神々に見初められた不運な12名の人間たちは、皆一様に『非現実』な『現実』に戸惑っている。
昨日までの短くも暖かく、課題などもない本当の自由な休みを満喫した彼らには、嫌というほどに理解している。これから始まる楽しくも少し面倒くさい学園生活が始まるという事を。今日のこの日が『アンリアル』であるならば、昨日にあれほど自由の喪失を嘆いた『リアル』は思い違いや、夢のように事実が変化してしまう。
事実が変化するという『アンリアル』『非現実』を受け入れられなければ、進行形で自我を保っている現在の『リアル』『現実』は空想の彼方へとその姿を失う。そんな事態を受け入れられず、つい頬をつねって現実である事を確かめる者もいた。

そう、確かにこの空間が発生するまでは各々はリアルを体感していた。
朝起きたときの倦怠感や昨日までの自由が消えてしまった喪失感。そして新学期の始まる毎度おなじみの式に、『確かに全校生徒のいる中』で出席していた事は、紛れもなく現実だった。現実として体感していた事だった。

しかし、そんな麗らかな窓から朝日が差し込む平和的な現実は、この紫紺の闇が支配する空間には存在しない。
数百人いた生徒たちはその姿を消し、壇上で熱弁を振るう校長、バシっとスーツで決めて品位を落とす事のない教職員たちも、この闇の中では存在しなかった。

全ての始まりは、学校一の不良と名高い『安部優巳』が式場に現れた事からだった。

その場に存在する12名の生徒は、恐怖や不安という感情に支配されており、その口からも心境をそのまま形にしたような言葉だけが空間にこだましている。しかし、彼らは今この場にいる意味を、すぐに知ることになる。それも、またしても限りないくらいの非現実さで。

『・・・』

さっきまでのぽつりぽつりとざわついた空気が、一斉に止んだ。正直、彼らの脳は今のこの状況にどれだけついていけているのだろうか。ざわつきながらも光りに導かれる虫のように、自然にこの場にいる同士のもとに円を描くように集まった12名は互い、もしくは自分の背後の状況に口一つ開く事が出来なかった。

そしてそれは、この状況を作り出したかもしれない安部優巳でさえも例外ではなかった。

子、丑、寅、卯、辰、巳、午、未、申、酉、戌、亥。

誰もが知る十二支が、12名の背後に突如として現れるといった現実を、誰が受け止める事ができるのだろう。

更新日:2010-09-26 04:33:34

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