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現代の剣客と時代オタクと

始業開始の前から非現実を見せ付けてきた紫紺の闇が、始業開始から3分の2が過ぎた昼休みの終了直前でまた発生した―。その場所は奇しくも校門から下駄箱の間、そう、闇はこの非現実な一日の火蓋が落とされた場所でまたも世界を暗転させた。それは昼休みにも関わらず、熱心に剣を振るうため剣道場で汗を流してきた者と、無邪気に校庭で球技を楽しんでいた者とが教室へ戻ろうとした瞬間。覚悟をもって始まった―。

「・・・実際、竹刀を持ってて助かった」

「うぇぇ、マジかよ。本当に本当だったなんてオイラ聞いてねぇよ」

なんたるあり得ない悪運だろうか、そう感じるほどに犬淵は例に漏れずこの非現実な空間に戸惑う。

「しかもよりによって亥君って・・・真剣じゃなかっただけマシなのかなぁ」

さらに悪運は連鎖するのか、自身の相手がかの有名な剣術一家の子で現段階で剣道3段の腕を持つ藤堂 亥だというのだから嘆かずにはいられない話なのもしれない。

「竹刀でも人は殺せるぞ?」

「なんか恐ろしい事を・・・」

亥は竹刀を固く握りなおし、明鏡止水の精神で行っていた先の素振りを思い返しゆらりと竹刀を体の正面に位置させ、構えた。剣術の一家に生まれた定めかその闘気たるや、この異常な世界であっても確実に自身に纏っていた。

「うぇぇ・・・やる気満々だよこの人・・・。でも、オイラだって死にたくないし、出来る限りで歯向かうもんね」

竹刀を構える亥に対し、球技に使っていたボールさえ持っていない丸腰の犬淵は、それでもやすやすと脱落していくわけにもいかず、徒手空拳の真似事のような構えをとり、亥に対峙する。人間の生への本能なのだろうか、心得など皆無にも関わらず、犬淵の構えには大気を揺るがすような威圧感さえ発していた。

「こんな気味悪い空間でも空気は普段どおり。実戦向けな事だ」

今日のコンディションを確認するかのように呟いた亥はフッと一呼吸置く事もなく足をダンと踏み込み、直線的に犬淵に切りかかった。

「は、速ッ!!」

亥の初撃に戸惑いながらも何とかかわした犬淵だが次々と繰り出される剣閃に成す術なく後退を余儀なくされる。

「ちょ、まっ、こわ、こわッ!! う~~~~、仕方ないか!」

的確に頭部、腹部、胸部を突いてくる攻撃をギリギリのところでかわしていく。一撃食らえば文句なく意識は刈り取られる程の風切り音に全身を泡立たせながらも、犬淵はようやく覚悟を決める。

「―?!」

「これ、高かったんだからな!」

カツン、ジャラジャラ、と地面に何物かをばら撒く犬淵。その床との衝突音から金属製の『何か』だと取れる。そしてその行動は功を奏し、止む事のなかった亥の剣技を中断させる事に成功した。

更新日:2012-05-05 04:22:00

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