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 ポツポツと街灯が白く灯る二車線の道をひたすらバイクを走らせる。夜の八時を過ぎた国道は帰宅ラッシュもそろそろ終わり、上下線ともだいぶ空いてきていた。いつものコンビニエンスストアが近付くと、広い駐車場に数台のバイクが駐まっているのが見える。恵也はそれがクレイジータイガーのヘッド、橘のものなのを確認すると、ドキドキしながら駐車場に乗り入れた。
 橘と会うのは加藤の所で黒部に紹介されて以来だ。会い辛かったのは自分からバーに呼び出したのにすっぽかした形になってしまったこともあるが、それだけではない。自分でもまだ覚悟が出来ていなかったからだ。つまり、橘に『フラれる』覚悟がだ。
「ハァ……」
 恵也は無意識に深い溜息をつく。そして、駐車場の反対端にバイクを駐めると、ヘルメットを脱いで胸前をくつろげた。そろそろ鬱陶しくなってきた髪をバサバサと手櫛で梳きながらチラと視線を向けると、向こうでもこちらを見ているのがわかる。いつもならニコニコ顔で『姫!』と言いながら歩み寄って来る橘も、今日ばかりは無言だ。無言でバイクの脇に立ち、ジッとこちらを見ていた。
(怒ってる……よな)
 会いたいと言ったのは自分である。橘から突然会社に電話があった時、恵也はてっきり『姫』が自分であることが橘にバレたと勘違いしたのだ。しかし、橘にバレたのは姫が『里見恵也』という名前であることと、コア企画の社員であるということだけだった。そして、今も橘は自分のことをライバル会社の一営業社員としか思っていない。つまり橘はコア企画には『姫』と『沢村の上司である男』がいると思っているのだ。なんとも複雑な話である。いっそ自分が姫であることがバレてしまった方が楽なような気もするが、環と付き合っていると宣言してしまった手前、そうもいかない。
(グチャグチャだ……)
 恵也はバイクを離れると、少し迷ってから店舗に向かう。すると、クレイジータイガーの方でも人影が動いて誰かがこちらへと歩いて来た。
「……ッ」
 その人物にチラと視線を向けた恵也は、その場で足を止めて待つ。
「よお」
 環は恵也の前で立ち止まると、首を傾げて笑った。
「ここで会うのは久し振りだな」
「この間は世話になった」
 恵也が会場のことで礼を言うと、環が手を伸ばして恵也の金色の前髪を指先で摘まむ。
「あの男と付き合ってるのか?」
 何の前置きも無く問われ、恵也は驚いて目を見開くと、すぐにムッと顔をしかめてその手を払いのけた。
「あいつはそんなんじゃない」
 言いながら、沢村に告白された時のことを思い出す。
 『じゃあ、俺も諦めません!』
 好きな奴がいるから気持ちには応えられないと告げた時、沢村はそう言って微笑んだ。あの強さが今の恵也には羨ましい。チラと視線を向けると、橘は車止めに腰を下ろしてジッとこちらを見ている。環が恵也の視線を追うように後方を振り返ると、二人の視線に気付いた橘がスッと立ち上がった。
(あ……)
 橘がゆっくりとこちらに向かって歩いて来る。久し振りに見るライダースーツ姿は、やはり暴走族のヘッドらしくサマになっていた。
「この間は悪かったな……」
 夜の駐車場は暗いので、少し離れていると表情がわからない。ようやく顔が見える距離まで近付いたところで気後れしながらも謝ると、その言葉に何か別のことを考えていたらしい橘が思い出したように「ああ」と答えた。
「気にするな。どうせ残業だったんだろ?」
 その言葉通り、橘は全く気にした風もなくそう言うと、ところでさ、と言って全然別のことを切り出す。
「お前の会社にお前によく似た奴がいるだろ。お前よりもっと年上でハンサムな」
 その『もっと』が年上に係るのかハンサムに係るのかはわからないが、それが自分のことなのはわかる。
「え?」
 恵也は思わずギクリとすると、視線を斜め上に向けた。
「さあ……そんな奴いたかな」
 背中にドッと冷汗をかきながら言うと、橘が「いるだろ」と言って更に食い下がる。
「お前の会社で一番ハンサムなヤツだよ。沢村とかいうヤツの上司の」
「え……」
 すると、その言葉に恵也ではなく環が口を開いた。
「沢村?」
「知ってるのか?」
 橘に驚いたように尋ねられた環が、チラと視線だけ動かして恵也を見る。
「この間、姫が一緒にいた男だ」
「なに?」
 その言葉に、橘も恵也に視線を向けた。
「そいつと付き合ってるのか?」

更新日:2012-09-24 21:43:39

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