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 真っ白な四角い部屋の中。あるのは小さなベッド、扉が三つ、それだけ。……いや、正確にはもう一つ。そこには簡素な白いワンピースを着た少女が、「あった」。部屋の片隅で体育座りをしながらじっとしているその少女は見た目から考えて三、四歳のむしろ幼女と言った所。深い紺色の髪は自然のまま伸びきってセットなどまるでされていない。ワンピースだってボロボロ。空の色を映した様な水色の瞳には感情など一欠けらも無い。
 ガタン、と少女の正面にある扉の向こうで音がする。少女は知っている。正面の扉の向こうにもまた同じ様に扉があるのだ。見えている扉よりもすごく頑丈そうな鉄の扉が。けれど少女は何の反応も示さない。生きてはいるのだ。けれど少女はいつもあるがままされるがままに生きている。それは人形と同等の生き方。故に少女は「いる」のではなく「ある」のだ。
 正面の扉が開いた。その向こうにはやはり頑丈そうな鉄の扉。そしてその二つの扉の間にはシャワーの様なものがある。それが消毒用のものだとは少女は知らない。
 少女の部屋に三人の大人の男達が入ってくる。中に着ている服は全員違うが、上には皆同じ白衣を着ている。胸のポケットにはネームプレートが付けてあって、ナンバーが書かれているのだが、少女はソレの意味も知らない。
「痛くないからね」
 少女に近づいて来た一人の男が注射器を持ちながら言った。少女はやはり反応を示さない。男はしゃがんでおもむろに少女の左腕を少し持ち上げ静脈に注射器の針を突き刺した。それでも少女は声を出すことすらしない。だって彼女には【痛み】が無いのだから。そして、この景色はいつもの事だから。左腕には無数の針の痕が残っている。一つ一つは時間が経てば消えるもの。つまりはそれだけの数の針が少女に刺されたという事を示している。
 数秒後、少女の体は力無く地面へと倒れこもうとする。それを注射器を刺した男が支えてそのまま抱え、持ち上げた。男は立ち上がってもう二人の男達の方を向く。すると二人の男の内の片方が入って来た扉とはまた違う扉の鍵を外し、扉を開けた。
「それじゃあ始めるよー」
 いつも少女が眠っている間しかこの扉は開かない。だから少女はこの扉の向こう側も知らない。そこにあるのはまた部屋。しかしその部屋は病院の手術室の様相を呈している。だが、ここは病院ではない。ここは……――――実験室だ。

 時間は少し飛び、少女は再び元の真っ白な部屋にあるベッドで目を覚ます。変わらない服、変わらない表情。スルリとベッドの中から抜け出して、白衣の男達が入って来た扉でも実験室へと続く扉でもない三つ目の扉を開ける。そこには鍵が掛かっておらず、ドアノブも低い位置にあった為、小さな少女でも容易に開ける事が出来たのだ。
 中にあるのはトイレ、とその向こうにシャワー室。少女はワンピースを脱ぎ捨ててシャワー室へと入る。シャワーの湯を頭から被って、備え付けの洗剤で体や頭を洗う。最低限の事を最低限の時間で終わらせてシャワー室から出る。眠っている間に置かれているのであろう新品のタオルで髪と体を拭いてまた先程のワンピースを着る。下着等は一切無し。髪はいつの間にか乾いている、否、少女が不必要な水分を髪の外に追い出して乾かしたのと同じ状況を作り出したのだ。追い出された水分はシャワー室の排水溝へと消える。
 そうして髪も整えないまま少女は元の部屋の片隅に体育座りをする。そのままじっと動かない。ずっと、ずっと……再び誰かがやって来るまで。
「食事だよー」
 白衣を着た男が食事を持ってくれば、それを無言で食べる。今回はパンとサラダと少しの牛肉。綺麗に食べ終えれば男がそのトレイを扉の向こうへ持って帰る。そして夜になればベッドの中へ潜り込んで眠る。今日も少女は一言も喋らなかった。言葉を知らない少女には喋りようも無かったのだけれど。

 ある日、少女はいつもの様に眠らされて実験室へと運ばれた。けれど違う所があった。
――少女は未だ、其処に、在ル――
 居ないはずのもう一人の少女が未だ真っ白な部屋に存在した。半透明である事を除けば姿形は少女と全く同じ。ソレは少女の魂だった。
 少女には自分の身に何が起きたのか分かっていなかった。自分の体は実験室の方へと連れて行かれるのに、自分の意識はその場に留まっているのだから。そして男達は魂の少女に気付かない。恐らくは霊感が無いのだろうが、少女にはそんな事も分からない。また少女の魂は部屋の片隅に座り込んだ。やがて自分の体が部屋に戻されベッドの中へと入れられる。
 少女は座り込んだまま自分の体をじっと見つめる。何がどうなっているのかは全く分からなかった。ただ、しばらくすると突然意識が途切れて、気付けば自分の体に戻っていた。そして少女の行動もまたいつものソレに戻っていた。

更新日:2009-11-12 00:47:16

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鳥籠の少女~PBCキャラ過去秘話~