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スイッチ

アナウンサーが続ける。
「東京都N区にお住まいのKさん、
 彼女は現在40歳で、2人のお子さんと暮らしています。
 以前は、ご主人と4人家族で、平穏な家庭を築いていました。

 ちょうど1年前、ご主人は、長引く不況のあおりを受け、永年勤めた会社を解雇されました。
 その後、ご主人は極度のうつ状態となり、4か月前にご家族を残して、自殺を図りました。
 退職後のことでもあり、会社からは何の補償も受けられないまま、Kさん一家は苦しい生活を強いられています。

 Kさんのようなケースは、決して珍しいことではありません。
 病気や事故ではなく、このような自殺による悲劇は、後を絶ちません・・・」

親父がゆっくり、席を立った。
祖母や母上も、掛ける言葉が見つからないようだ。
ぼくは、ぎこちなく、リモコンのチャンネルを変える。

"そう言えば、クラスは違ったけれど、1学期で学校を辞めた奴がいたな。
 けっこう足が速くて、いろんな大会で目立ってたみたいだったけど。
 将来は、大学のスポーツ推薦を目指してるって噂もあったな。
 あいつ、いま、どうしてるんだろう?"

もし、親父が自殺してしまったら・・・
ぼくは大学に行けないだろうし、さゆりの高校受験だって、
母上は働き詰めて、倒れちゃうかもしれない、
ばあちゃんはショックで、おかしくなっちゃうかも。

いや、そんなことより、もう親父に会えなくなるなんて・・・
みんな、親父を救えなかったこと、一生引きずっていくんだろう・・・

カチッ!
2032年最後の日、ぼくの中で、かすかなスイッチの音が聞こえた。
部屋に戻ったぼくは、祖父の日記を握りしめていた。

更新日:2009-12-05 14:07:41

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