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犠牲

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あれから三日が経った。体はまだ痛み、あれが夢ではなかったことを訴えていたが、僕は無理矢理退院した。医者はかたく首を横に振ったが、「うつ病になりそうです」とまで言って、強引に病院を後にした。医者は呆れかえって、退院間際には僕と顔を合わせなかった。
それでも、病院にこもっているのは気が引けた。
僕が病院にいてもいなくても、きっと状況は変わらない。僕は英雄じゃないから、あの化け物を倒して、世界を救うことなんて出来ない。
病院から出たことは、おそらく僕の自己満足だ―・・・。
洋服などが詰まった鞄を右肩に下げ、僕は家へと続く道を歩いていた。
ここまではあいつは来なかったのだろう。人々が笑いながら、僕の横を通り抜けていった。
そんな彼らを見遣って、僕は深い溜息をついた。
僕は何をしているのだろう。一般人なのだから、おとなしくしていればいいものを。
あの悪魔・・・いや、死神と戦うなんて馬鹿げている。それこそ自殺行為だ。
僕は歩く速度を速めた。
家でおとなしくしていよう。きっと、あの凛狛とかいう男がどうにかしてくれる。
僕は体を休めることを最優先しよう。
あっという間に家に着き、僕は三日ぶりの家を見上げた。
茶色の屋根に、薄い黄色の壁。近所では、そこそこ大きな家だ。
三日前は鬱陶しく感じていた家が、今は恋しかった。ここに家があるのが、奇跡だと思った。
僕は嬉しさを噛み締めながら、ゆっくりと家のドアを開けた。
「おかえりなさい」
優しく高い声。綺麗な茶色の髪を一つに束ねた母が、廊下に立っていた。
「ただいま」
何度言ったか分からない言葉が、何故か新しい言葉のように感じた。
「体はもう大丈夫なの?来ないでって言った時は、お母さんびっくりしたわよ」
母が歩み寄ってきて、僕の肩から鞄を取った。
「ごめんなさい。子ども扱いされるのが嫌だったから」
僕は母とは目を合わさず、家へと上がった。
それは嘘だ。本当は母を巻き込みたくなかったのだ。もしかしたら、死神が僕を殺そうとするかもしれない。襲ってこないという保障はないのだ。

更新日:2009-11-02 18:41:20

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