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 安原顕  松本賢吾、保前信英を輩出した「創作学校」校長

《例文》
 紺色のワゴン車が接近してきたのは林に入ってしばらく歩いた頃だった。見通しのきかない暗い林を少しでも早く抜けて野原に出たかったので、私は湿った地面に気をつけながら林の中の道を急いだ。①そのうち背後に車が近づいて来る気配を感じた。振り返ると、ワゴン車が眼の前に迫っていた。
「②送ってあげる。病院の玄関へ横づけしてあげるよ」
 車の窓を開けて覗いた男の顔は表情に乏しかった。林の中に③かかったままのエンジン音が響いている。子供の頃に布団の中で聞いた音に似ていると思った。
「悪いからいいです」
 私は素っ気なく言った。
「悪きゃ、言わないよ」
「結構です。だって知らない者を乗せるなんて変じゃないですか」
 魂胆があるんでしょ、といい言いかけたが喉元で止めた。
「無理に言っていないよ。ただこちらはこのまま家に戻ってもしかたがないから送ってあげようかと思っただけだから」
 男は終いのほうは消えるように言った。私は男の言葉よりも車のエンジンの音の方に気をとられていた。姉の優子が男に送られてくる小型のトラックの音にそっくりだと思ったのだ。


 また、素人は、会話がヘタすぎる。小説にはくだらぬテレビドラマの、時間を延ばしただけの意味の無い会話は不要。会話文はいくらでも続けられるが、丸山健二が指摘している通り、いっさい使わないくらいの覚悟がほしい。よほど吟味してから書かないと、作品が通俗化するからだ。また、会話のあとで判で押したように“と〇〇が言った”と書く人がいるが大半は不要だと思う。10人が会話をするシチュエーションなど滅多になく、ふつうは2、3人の会話なのだから、その会話文で人物がわかるようにすること。会話が途絶えるとすぐタバコを出すパターンも止めるべし。
 例文の①と③は不必要だから削ること。②は《送ってあげるよ。病院の玄関口まで》としたいが、その後の会話を読めば分かる通り、全面的に書き替えた方がいい。
 伸びる生徒は、とにかくわれわれ教師の忠告を素直に聞き入れる。月平均50枚ほど書かせていたが、これを持続していけば、ある時期から腕を上げる人も多かった。しかし、いつも「A」を取った松本賢吾や保前信英でも、時折、「Z」以下の小説を書いたりすることもあった。まあ、三年続けるパワーがあればものになる可能性ありということかもしれない。


 

更新日:2009-10-26 15:23:48

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