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+織部からの来訪+



 池に注ぎ込む水の音を遮るように、時折乾いた炸裂音が響き渡る。
 伯父や伯母、母、従姉妹の見守る中、遠方に焦点を絞る鏃の研ぎすまされた緊迫感は、瞬発して空を切り裂き、再び的を貫いた。

 ――失礼いたします。

 広い座敷の隅に、千代が姿を現した。

「旦那様、ご来客の御方々がご到着にございます」

「ああ、お見えになったか。こちらへお通しして」

 庭に降り立ち弓を手にしていた青年は、伯父の言葉に一礼して静かに姿を消す千代を見送ると、武具を片づけて端近にあがり、その場から去ろうとした。

「ああ、拓陸。きみも残りなさい。いい機会だから、今後のためにも彼等に会っておくといい」

 伯父の声に彼は表情をわずかに曇らせ、一瞬口を開きかけたが、遠くから微かに近づいてくる気配に黙って衣を整えると、座敷の奥に足を向けた。

 ――どうぞこちらへ。

 千代の声に、ひとりの老人と包みを抱えた供の娘が皆の前に現れた。
 ふたりの客人は座敷の前で一礼し、その場に座して再び低頭した。

「おふた方、ようこそおいで下さいました。どうぞ遠慮なくこちらへ」

「失礼いたします」

 顔をあげた老人が傍らの娘に顔を向け、ちいさく頷くと、娘も顔をあげた。じっと見守る拓陸の視線の前で立ちあがり、領主の前まで静かに進み出たふたりはふたたび姿勢を正し、板張りの床に指先を揃えて深々と一礼した。

「このたびは、このように立派なお屋敷にお招きいただき……」

「いや、長。固苦しい挨拶は抜きにしましょう。皆、あなた方のご来訪を楽しみにしていたのです。さあ、もっとお楽になさってください」

「……は。それでは早速ですがこの場をお借りしまして、ご覧いただきましょうか」

 老人の言葉に娘は抱えていた包みを解き、その中身を丁寧に座敷に広げた。

「まあぁ……。なんて見事な……素敵ねえ」

 思わず声をあげて身を乗り出した伯母に、老人は笑顔を見せて頷いた。

「本年は気候も良く、糸も近年見られぬほど良い出来映えでございました。祭りに出す反物をいくつかお持ちいたしましたので、お好きなものがございましたらどうぞお選び下さい。祭りまでに間に合いますよう、仕立て申しあげたく存じます」

 長の言葉に、領主――鳴海柾鷹も座から立ちあがると長の膝もとまで近づいて屈み込み、広げられた数々の反物を満足げに眺めながら頷いた。

「ほほう。これは……この間、納めていただいたものよりもさらに見事な……我が郷の織部の名も、これでますますあがることでしょう。鳴海郷の織部の長の手で仕立てていただけるとは、身にまとう我々も、この反物に相応しい身でなければ皆の前には立てませんね。しかし……このように鮮やかな品を生み出す手業を持つ者に、是非一度お会いしてみたいものです」

「は。じつは……こちらの反物は、この娘が織りましてございます」

「ほう……!?」

 柾鷹は、織部の長の側に控える娘に目を見張った。

「――ああ、そういえば、まだわたしの家族を紹介しておりませんでしたね。一刻も早く、織部の方々の手業を見たいと望むあまり、肝心なことを忘れていた。
 こちらが私の妻、千春に、私の妹の佳苗。その隣が私の娘、秋穂です――そしてあれが、先日お手紙でお知らせいたしました、甥の拓陸です」

「これはこれは。このように皆様へのお目通りが叶うとは思いもせず、このように身なりも整わぬまま御前にお伺いいたしまして、大変申し訳ございません。 姫君方には初めてお目にかかりますが、甥御様には過日、この娘が大変なご迷惑をおかけいたしまして……このたびは、この娘とともにお詫びを申しあげようと、こうして参りました次第にございます」

 深々と頭を下げた織部の長と供の娘に、柾鷹は驚いた顔をした。

「どういうことなんだ? 拓陸?」

「――先日、都からの帰り道で偶然知り合ったんです。俺も彼女には世話になりましたし、別に迷惑なんてほどのものじゃありません」

「あの……先日は、本当にどうもありがとうございました」

 顔をあげた、どこか緊張した様子の娘に、拓陸の母、佳苗が声をかけた。

更新日:2011-04-25 20:58:06

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