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+残された証+
「つむぅー……つむぎちゃぁぁぁん!」
桑畑の向こうから、ふたつの声が重なって自分を呼んでいるのが聞こえる。
蚕に与える葉を集めていた手を休め、籠を抱えたまま立ちあがると、やがて互いの姿を鏡に映したようにそっくりの姿を持つ、ふたりの娘が桑畑の合間を縫うように駆けあがってきた。
「いたいた!! 紬! 大変よ!! 一緒にきて!!」
「あの、あの……っ、今ね、領館から大きな荷車が届いて、ご領主様の御使者様が、紬ちゃんにって」
「え? でも、まだ葉っぱが――」
「もう!! そんなの後でいいから! こっちのほうが先!」
「早くしないと御使者様が帰っちゃう!! ほら、行くわよ!!」
双子は両脇から紬の腕を掴み、なかば引き摺るようにもときた道を駆け足で辿りはじめた。
桑山の中腹から集落に戻ってくると、長の家の前にひとだかりができているのが見える。双子はその真ん中まで紬を引っ張ってくると、息を切らして口を開いた。
「ああ、もういなくなっちゃった!?」
「お忙しい方だもの、仕方ないわよ」
落胆した様子で双子は辺りを見渡しながら溜息をつき、紬に口々に語りかけた。
「この荷物、さっき領館から届いたの。それでご使者様が紬ちゃんを探していたみたいだったから、畑に出てるって言ったら、よろしく伝えてって」
「これ全部白絹の反物でしょう? どうしてこれを御使者様が……え、ちょっと? 紬!?」
「ちょっと出かけてくるーー! すぐに戻るから!!」
ねえ! どこ行くのー?
驚いている織部の人々を背に、紬は集落の口へと駆けだしていた。
届けられていた荷の上には、見覚えのある一本のかざぐるまが挿してあったのだ。
あのかざぐるまはまだ一本しか作っておらず、紬はそれをあの日出会った牛飼いの青年にお礼としてあげた。そして届いた荷の中の反物は、ざっと数えてみただけでも四十の数を超えていた。
――鳴海の領館には知り合いがいる。彼はあの時、そう言っていたのだ。
集落の口を飛び出し、領館への道をしばらく走ってみても、もうどこにも使いの者の姿は見あたらなかった。気がつけば夢中になって走ったせいで、先日捻った足首がふたたび疼きはじめている。紬はその場に立ち止まると、ちいさく息をついて額に流れる汗をぬぐい、陽炎に揺れて歪む道の果てをじっと見つめた。
しばらくの後、先ほど紬を呼びにきた双子の姉妹、綾と結が紬の後を追ってやってきた。
「つむちゃん!! ねえ! 会えた?」
「ううん。もう遠くに行っちゃったみたい。……どんなひとだった?」
「えっと、ものすごく立派な男のひとだったわ。あれって鳴海家のご子息様でしょ?」
「違うわよ。ご子息様はもう少しお若いでしょ? もうすぐ都にのぼられるっていう噂じゃない?」
肩で息をつきながら顔を見合わせる双子は、なぜかウキウキした様子で同時に紬の顔を見つめた。
「ねえ!! あの方ってもしかして、都から戻られた甥御様じゃない!?」
「ねえ!! 領館にお使いに行って、甥御様かどうか確かめてみない?」
同時に領館行きを持ちかけられた紬は、自分に荷を届けに来たという鳴海の甥御様という男に、なぜ友人たちがこれほど執心するのかと、自身にそれらしき者の心あたりもないまま困惑気味に首をかしげた。
「でも、領館に関わるひとでわたしが知ってるのは、別のひとだし……甥御様のことは、全然知らないもの」
「ふーん……そうね、甥御様のお顔が見たいなんて理由じゃ、領館の御門番の方に追い返されるだけかも。それに歩いて行くなら、何日もかかるわよー? でも……どうする? それでも行ってみる?」
あてもない甥御様との面会に、なぜか夢ふくらませて興奮気味に頬を上気させた綾と結の弾に、紬は首を傾げて尋ねた。
「ねえ? 来たのは、牛飼いさんじゃないの?」
「ううん。立派なお馬に乗っていらして、とてもそんな風には見えなかったけど……?」
集落への道を戻りながら、綾と結、ふたりともが首を横に振り、顔を見合わせた様子に、紬はもう一度領館に続く道を振り返った。
娘たちが荷車まで戻ってくると、人々が手分けをして荷の中の反物を長の家に運び込んでいるところだった。
「――紬!! おまえ自分に届いた荷を放り出して、どこをほっつき歩いてたんだ!?」
双子と一緒に戻ってきた紬の姿を見つけ、大量の荷をまとめて肩に担ぎあげていた凪沙が、耳の割れるような怒声をあげた。
「え? 確かめたいことがあって……ちょ、ちょっと!? ひっ!! 凪沙ちゃ……ぎゃあっ! 暴力反対!!」
「いいから、ちょっと俺と一緒に来い!!」
凪沙は紬の腕を掴み、人気のない家の裏手まで引っ張っていくと、紬の顔にビシッとひと差し指を突きつけた。
「つむぅー……つむぎちゃぁぁぁん!」
桑畑の向こうから、ふたつの声が重なって自分を呼んでいるのが聞こえる。
蚕に与える葉を集めていた手を休め、籠を抱えたまま立ちあがると、やがて互いの姿を鏡に映したようにそっくりの姿を持つ、ふたりの娘が桑畑の合間を縫うように駆けあがってきた。
「いたいた!! 紬! 大変よ!! 一緒にきて!!」
「あの、あの……っ、今ね、領館から大きな荷車が届いて、ご領主様の御使者様が、紬ちゃんにって」
「え? でも、まだ葉っぱが――」
「もう!! そんなの後でいいから! こっちのほうが先!」
「早くしないと御使者様が帰っちゃう!! ほら、行くわよ!!」
双子は両脇から紬の腕を掴み、なかば引き摺るようにもときた道を駆け足で辿りはじめた。
桑山の中腹から集落に戻ってくると、長の家の前にひとだかりができているのが見える。双子はその真ん中まで紬を引っ張ってくると、息を切らして口を開いた。
「ああ、もういなくなっちゃった!?」
「お忙しい方だもの、仕方ないわよ」
落胆した様子で双子は辺りを見渡しながら溜息をつき、紬に口々に語りかけた。
「この荷物、さっき領館から届いたの。それでご使者様が紬ちゃんを探していたみたいだったから、畑に出てるって言ったら、よろしく伝えてって」
「これ全部白絹の反物でしょう? どうしてこれを御使者様が……え、ちょっと? 紬!?」
「ちょっと出かけてくるーー! すぐに戻るから!!」
ねえ! どこ行くのー?
驚いている織部の人々を背に、紬は集落の口へと駆けだしていた。
届けられていた荷の上には、見覚えのある一本のかざぐるまが挿してあったのだ。
あのかざぐるまはまだ一本しか作っておらず、紬はそれをあの日出会った牛飼いの青年にお礼としてあげた。そして届いた荷の中の反物は、ざっと数えてみただけでも四十の数を超えていた。
――鳴海の領館には知り合いがいる。彼はあの時、そう言っていたのだ。
集落の口を飛び出し、領館への道をしばらく走ってみても、もうどこにも使いの者の姿は見あたらなかった。気がつけば夢中になって走ったせいで、先日捻った足首がふたたび疼きはじめている。紬はその場に立ち止まると、ちいさく息をついて額に流れる汗をぬぐい、陽炎に揺れて歪む道の果てをじっと見つめた。
しばらくの後、先ほど紬を呼びにきた双子の姉妹、綾と結が紬の後を追ってやってきた。
「つむちゃん!! ねえ! 会えた?」
「ううん。もう遠くに行っちゃったみたい。……どんなひとだった?」
「えっと、ものすごく立派な男のひとだったわ。あれって鳴海家のご子息様でしょ?」
「違うわよ。ご子息様はもう少しお若いでしょ? もうすぐ都にのぼられるっていう噂じゃない?」
肩で息をつきながら顔を見合わせる双子は、なぜかウキウキした様子で同時に紬の顔を見つめた。
「ねえ!! あの方ってもしかして、都から戻られた甥御様じゃない!?」
「ねえ!! 領館にお使いに行って、甥御様かどうか確かめてみない?」
同時に領館行きを持ちかけられた紬は、自分に荷を届けに来たという鳴海の甥御様という男に、なぜ友人たちがこれほど執心するのかと、自身にそれらしき者の心あたりもないまま困惑気味に首をかしげた。
「でも、領館に関わるひとでわたしが知ってるのは、別のひとだし……甥御様のことは、全然知らないもの」
「ふーん……そうね、甥御様のお顔が見たいなんて理由じゃ、領館の御門番の方に追い返されるだけかも。それに歩いて行くなら、何日もかかるわよー? でも……どうする? それでも行ってみる?」
あてもない甥御様との面会に、なぜか夢ふくらませて興奮気味に頬を上気させた綾と結の弾に、紬は首を傾げて尋ねた。
「ねえ? 来たのは、牛飼いさんじゃないの?」
「ううん。立派なお馬に乗っていらして、とてもそんな風には見えなかったけど……?」
集落への道を戻りながら、綾と結、ふたりともが首を横に振り、顔を見合わせた様子に、紬はもう一度領館に続く道を振り返った。
娘たちが荷車まで戻ってくると、人々が手分けをして荷の中の反物を長の家に運び込んでいるところだった。
「――紬!! おまえ自分に届いた荷を放り出して、どこをほっつき歩いてたんだ!?」
双子と一緒に戻ってきた紬の姿を見つけ、大量の荷をまとめて肩に担ぎあげていた凪沙が、耳の割れるような怒声をあげた。
「え? 確かめたいことがあって……ちょ、ちょっと!? ひっ!! 凪沙ちゃ……ぎゃあっ! 暴力反対!!」
「いいから、ちょっと俺と一緒に来い!!」
凪沙は紬の腕を掴み、人気のない家の裏手まで引っ張っていくと、紬の顔にビシッとひと差し指を突きつけた。
更新日:2011-04-25 20:53:38