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解かれた紐

「彼女が亡くなったのは、もう十年以上前のことになるわ。あの日私は、彼女のお母さんから電話を貰っていた。『あの子が危ない。すぐに来て』って。だから私、やること全てをほおり出して、一目散に駆けつけたわ」
彼女の瞳が、再び悲しみに揺らいだ。
「・・・あの子、『彼は呼ばないで』って言ったの。冷たくなり始めた小さな手で、必死に私の手を握り締めたわ。『彼には伝えないで』って、その手で必死に伝えてた。だから私は、貴方に何も話さなかった。そして・・・貴方から離れたの」
「・・・どうして?どうして彼女は、僕に伝えないでって・・・!?」
僕は彼女の肩を掴んだ。
「・・・さあね。ただ私が言えることは・・・貴方が怯えてたってこと。彼女に触れないように、必死に逃げ回っていたってこと。それだけよ」
冷たく放たれた言葉は、僕の心を、砕くほどの勢いで殴りつけた。
僕が怯えていた。それは目を逸らし難い事実だった。だからあの日、彼女に何も訊けなかった。いや、何も訊かなかった。間違いなく僕は・・・彼女から逃げていた。
僕は言葉を失った。
「別に貴方を責めてるわけじゃないの。第一、今ここで貴方を責めても、彼女が帰ってくるわけじゃないし。今の貴方に出来ることは、彼女に恥じないように生きることよ」
僕は彼女の肩から、そっと手を離した。
「・・・本当にそれだけ?」
「えっ・・・?」
「僕に出来ることって、本当にそれだけなのかな」
彼女の目が、少し丸くなった。
「他に何が出来るっていうの?」
僕は目を閉じた。
「・・・あの時の僕は、本当に怖かったんだ。君にとっては、言い訳にしかならないかもしれない。でも、本当に怖かったんだ。彼女を知ることが、あの時の僕にとっては、何よりも恐れていることだった。彼女が、助けてと言ったら、僕はどうすればいい?って、ずっと悩み続けてた。だから気付けば・・・彼女が分からなくなっていた。彼女の悲しむ顔が・・・恐怖だった」

更新日:2009-10-15 18:32:19

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