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 ――カラカラカラ……
 曇ったドアがそっと開いて、人が入ってきた。
 俺は一瞬、間違えて女が入ってきたのかと思った。
 真っ白で、まだ発育しきっていないのかと疑うほど柔らかそうな肌。
 ふわふわの茶色い髪は湿気を吸って、その上気した頬に張り付いている。
 長めの前髪の下にあるのは驚くほど大きな瞳。
 恥ずかしそうに潤んだ視線が頼りなく泳いでいた。
「…………」
 見とれていた、と思う。
 おろおろと浴場を見回すそいつと一瞬だけ視線が合って、思わず顔を背けた。
 俺には男の体を観察するような趣味はない。
 そう自分に言い聞かせつつも、近くを通り過ぎていくそいつを視界に入れる。
 手にした白いタオルで股間を隠すその仕草は、男の下心をくすぐるものがあった。そして、無防備な後姿。丸くて柔らかそうな白い尻が通りすぎていく……どうせならそっちも隠してほしいもんだ。
 そこで俺は、そいつが足首にキーを巻いていることに気づいた。
 もしかしたらたまたまそこに巻いただけなのかとも思ったが、そいつの行動は明らかに不審だった。何かに怯えるように、期待するように、辺りをうかがっている。
 コイツもマキの“お仲間”らしい。それにしても、顔に堂々と“初心者です”って書いてあるがごとくな態度だ。
 そこまで考えて、俺は湯船の縁に後頭部を乗せて、目の上に濡れタオルを置いた。そのままそいつを見ていると、何だかヤバい気分になりそうな気がしたからだ。欲求不満なのかもしれない。
「ショーウちゃん!」
「うわっ」
 濡れタオルを取り上げられて、突然目の前にマキの顔が現れた。
「寝てたの? のぼせちゃうよ」
「寝てねぇよ……タオル、返せ」
「ねぇねぇ、超カワイイ子が入ってこなかった?」
「あん?」
 マキがきょろきょろと浴場を見渡している。同じようにアイツの姿を探してみたけど、どこにもいない。
「女みたいなヤツだろ。さっき見かけたけど……。もう出たんじゃねぇのか?」
「ううん、私脱衣所にいたけど、出てくるところ見てないよ」
「…………」
 ふとサウナ室のドアに視線を走らせる。
 この浴場のサウナ室はいわゆる“上級者向け”だ。浴場で意気投合した男ふたりが連れ立ってサウナ室に消えていったり。ちょっとした味見を行う場所になっているらしい。また、サウナ室にひとりで入ることは“誰でもOK”の意味になるとマキに教えてもらったことがある。
「……まさか、何も知らないでサウナ室入っちゃったんじゃない?」
 不安そうにマキが呟く。
 慌てて、俺達はサウナ室へと向かった。

更新日:2009-09-18 12:48:07

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