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「お前、俺が警察官だって言いふらしてねぇだろうな」
「言ってないわよ。ショウちゃんと私の秘密だもん」
 そう言って、マキは裸になった俺の体をジロジロと舐めるように見つめてくる。
「相変わらずいい体ねぇ」
「……見んなよ」
「うふふ。ショウちゃんの職業のことは言ってないけど、みんなショウちゃんのことを勘違いしてるのよ」
「はぁ?」
「だって、その目つきとその体でしょ? きっとヤクザか何かだと思ってるんだわ」
 よりにもよってヤクザ……。
 自分の目つきが悪いことは分かっている。人相も、優しげという印象からはかけ離れていることだって自覚している。それにしてもヤクザとは。そんな連中を相手にしているせいで似てきてしまったのだろうか。
「アホらしい」
 マキを放って、俺はスタスタと浴場に入った。時間が早いせいかちらほらとしか客はいない。
 この銭湯ではロッカーのキーを足首につけることが“お仲間”の目印らしく、俺はしっかりとキーを手首に巻いて洗い場に座った。
 ここに通うようになって色々と知識だけは増えた。
 マキのような人種が出会いを求めて自発的に増え出した“ハッテン場”は、別に違法じゃない。だから俺もいくら警察官だとは言っても、あくまで一般人としてこの銭湯に通っている。
 ただ、無理やりだの怪しいクスリだの、犯罪の可能性を感じた時にはやっぱり見過ごすわけにはいかなかった。
 それが多分、マキの言うところの“治安がいいハッテン場”とやらを勝手に作り出しただけだ。
 ほとんどが常連客だから、今じゃ俺に誘いをかけるヤツはいない。
 ガシガシと頭と体を洗って、熱めの湯に浸かる。別に給料が安いわけじゃない。風呂のついている部屋に引っ越すぐらいの余裕はある。だけど、俺はこの広い空間が好きだ。社会の、人間の汚いところばかりを突付くような仕事のせいか、風呂ぐらい大きな湯船で豪快に浸かりたいと思ってしまう。人間の裏の顔も、信じられないような犯罪も、ここで全部流せてしまうような――そんな子供じみた発想から、俺はあのボロアパートに住み続けて、この銭湯に通い続けている。
 ぼんやりと高い天井を見上げていた、その時だった。

更新日:2009-09-18 12:47:51

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