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Meet my Ray
ナイジェルは書斎を抜けて、もうひとつの客間らしき空間を抜け、横目に大きなダイニングルームを見ながら、
建物の南側にあるサンルームらしき(あとでわかるのだが、ここがRayの部屋だった)部屋の、どこにもドアのない場所でとまり、僕の方をみて、アゴをくいっとあげて、ガラス張りのテラス風になっている奥を示した。
あたたかい光が、総ガラス張りの窓というか壁の向こうの雪に反射して
この部屋だけは春のような明るさに満たされている。
どこが夜型なんだよ、と思いながら、入り口とおぼしき場所から5メートルほど先にある正面のソファーに目をやる。
ベージュの塊がかすかに動いた。
僕が動かないので、ナイジェルが先にソファに近寄って行く。
「Ray? Ray?! 起きなさい、you have a guest.」とベージュの塊をやさしく撫でた。
その塊は、急に面積をかえ、ゆっくりとした動きで更に面積を変え、塊から素足が出て来た。
ナイジェルがその足をかるくくすぐる。
素足はさっとベージュの毛布の中に入る。
そのかわりに出て来たのは、、、、僕はしばらくスローモーションの世界にいたのだろうか、、、今思い出しても、その場面はやはりスローモーションでしか再生されてこない、一瞬一瞬が僕の人生で初めてみる映画のように、、、。
これ以上ないぐらいに乱れた金の髪が、ゆっくりとこちらを向いた。
ナイジェルが笑いをこらえた目で僕をみた。
「Meet my Ray」(これがRayです)
眠たげにこちらを向いたその顔の、乱れた金の髪の間からのぞく顔は、青年とは言いがたかった。
少年?
とも言えなくもないが、ちがう。
おもわず僕は自分の感覚を否定した。
少年では幼すぎる。青年では男すぎる。僕がそこにみたのは、
少女?
いや、それほど無垢でもない。
僕がみていたのは、音は似ているが、
「処女」の顔?
少女でありながら、女になることを待ちこがれてギリギリの均衡で存在している生き物?
待ちすぎて眠ってしまった処女?
いまでも僕はこのときにみたRayの顔を忘れる事が出来ない。
中性的なヤツはNYに住んでりゃ腐るほど見ているが、これほど、理解に苦しむ本物の「中性的」な顔にであったのは、初めてだった。
耳にはiPodのイヤホンがはまっていて、まだ夢から覚めないその顔に、僕は知らないうちに惹かれていたのだと思う。
恋とか愛とか、そういう「惹かれる」ではない。
むしろ、美術館にいってミケランジェロの彫刻を見た時に覚えるあの感覚というのだろうか。
畏怖に似た憧憬と言ったらいいのだろうか。
万人をもって、美と認めさせる何かが、Rayの面差しにはあった。
僕のどこかには、きっと東洋人独特の「引け目」みたいなのがあって、それはアメリカ暮らしを長くやっていても、どこかにスリ込みとしてこびりついていて、金色の髪や陶器のような肌や、灰色がかった青い目には、どうあらがってもやはり目がいってしまうという情けない一部分がある。
今までも、何人か女性と過ごして来たけれど、可笑しいくらいにいつも金髪(いまや本物の金髪など皆無ではあるが。付き合ってからベッドの中で違う色の毛を見ても驚きはしなくなった)や青い目に惹かれて来た。
日本人女性と付き合おう、などという発想すらない自分を、いつもどこかで卑下していた。
ともかく、しかし今回は、そのあらゆる「憧憬」が僕の脈の下に波打ちながら、自分自身、それに気がつかないのであった。
理由は、簡単だった。
それは、Rayが男性だったからだ。少なくとも、ある時点を迎えるまでは、彼は男性であった。
そうとしか知らされていなかったと言った方が正しい。
光の中に起き上がったRayは、まさしくRay=光、にまぶされて、ゆっくりとした瞬きが、休憩している蝶の羽の動きにも似て、僕ははずかしながら、どもってしまった。
どもりながら(一瞬だったが、それが永遠に思えて恥ずかしい)自己紹介をしつつ、ビジネスカードを渡した。
Rayはゆっくりとソファからたちあがり、グレーのスウェットの乱れを直すふうでもなく、裸足の足を寒そうに重ねて不器用にバランスをとってたっていた。
建物の南側にあるサンルームらしき(あとでわかるのだが、ここがRayの部屋だった)部屋の、どこにもドアのない場所でとまり、僕の方をみて、アゴをくいっとあげて、ガラス張りのテラス風になっている奥を示した。
あたたかい光が、総ガラス張りの窓というか壁の向こうの雪に反射して
この部屋だけは春のような明るさに満たされている。
どこが夜型なんだよ、と思いながら、入り口とおぼしき場所から5メートルほど先にある正面のソファーに目をやる。
ベージュの塊がかすかに動いた。
僕が動かないので、ナイジェルが先にソファに近寄って行く。
「Ray? Ray?! 起きなさい、you have a guest.」とベージュの塊をやさしく撫でた。
その塊は、急に面積をかえ、ゆっくりとした動きで更に面積を変え、塊から素足が出て来た。
ナイジェルがその足をかるくくすぐる。
素足はさっとベージュの毛布の中に入る。
そのかわりに出て来たのは、、、、僕はしばらくスローモーションの世界にいたのだろうか、、、今思い出しても、その場面はやはりスローモーションでしか再生されてこない、一瞬一瞬が僕の人生で初めてみる映画のように、、、。
これ以上ないぐらいに乱れた金の髪が、ゆっくりとこちらを向いた。
ナイジェルが笑いをこらえた目で僕をみた。
「Meet my Ray」(これがRayです)
眠たげにこちらを向いたその顔の、乱れた金の髪の間からのぞく顔は、青年とは言いがたかった。
少年?
とも言えなくもないが、ちがう。
おもわず僕は自分の感覚を否定した。
少年では幼すぎる。青年では男すぎる。僕がそこにみたのは、
少女?
いや、それほど無垢でもない。
僕がみていたのは、音は似ているが、
「処女」の顔?
少女でありながら、女になることを待ちこがれてギリギリの均衡で存在している生き物?
待ちすぎて眠ってしまった処女?
いまでも僕はこのときにみたRayの顔を忘れる事が出来ない。
中性的なヤツはNYに住んでりゃ腐るほど見ているが、これほど、理解に苦しむ本物の「中性的」な顔にであったのは、初めてだった。
耳にはiPodのイヤホンがはまっていて、まだ夢から覚めないその顔に、僕は知らないうちに惹かれていたのだと思う。
恋とか愛とか、そういう「惹かれる」ではない。
むしろ、美術館にいってミケランジェロの彫刻を見た時に覚えるあの感覚というのだろうか。
畏怖に似た憧憬と言ったらいいのだろうか。
万人をもって、美と認めさせる何かが、Rayの面差しにはあった。
僕のどこかには、きっと東洋人独特の「引け目」みたいなのがあって、それはアメリカ暮らしを長くやっていても、どこかにスリ込みとしてこびりついていて、金色の髪や陶器のような肌や、灰色がかった青い目には、どうあらがってもやはり目がいってしまうという情けない一部分がある。
今までも、何人か女性と過ごして来たけれど、可笑しいくらいにいつも金髪(いまや本物の金髪など皆無ではあるが。付き合ってからベッドの中で違う色の毛を見ても驚きはしなくなった)や青い目に惹かれて来た。
日本人女性と付き合おう、などという発想すらない自分を、いつもどこかで卑下していた。
ともかく、しかし今回は、そのあらゆる「憧憬」が僕の脈の下に波打ちながら、自分自身、それに気がつかないのであった。
理由は、簡単だった。
それは、Rayが男性だったからだ。少なくとも、ある時点を迎えるまでは、彼は男性であった。
そうとしか知らされていなかったと言った方が正しい。
光の中に起き上がったRayは、まさしくRay=光、にまぶされて、ゆっくりとした瞬きが、休憩している蝶の羽の動きにも似て、僕ははずかしながら、どもってしまった。
どもりながら(一瞬だったが、それが永遠に思えて恥ずかしい)自己紹介をしつつ、ビジネスカードを渡した。
Rayはゆっくりとソファからたちあがり、グレーのスウェットの乱れを直すふうでもなく、裸足の足を寒そうに重ねて不器用にバランスをとってたっていた。
更新日:2014-01-10 12:16:47