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4-9/朝から絶好調な奴だな



 文化研究旅行、二日目。
 朝七時半から九時までの間に大食堂が開放されるので、朝食を食べたい人間はその時間帯にノソノソと起き出し、寝惚け頭でトレーを持っては、いろとりどりの野菜やフルーツが並ぶテーブルの周りをゆっくりノンビリ歩くこととなる。
 七時に起きたので、半になったらすぐに行こうと思っていたのに、コアリと来たら幼女のくせに肌の手入れだとか言って化粧で軽く一時間も潰してくれたので、俺たちが大食堂入りしたのは八時を回った頃であった。
 尚、俺の部屋は結局昨夜、俺とコアリの二人っきりだった。
 同じ部屋だったはずのクラスメートは別の部屋に行ったきりこちらへは戻らず、寝入ってしまったらしい。
 実にありがたい。今夜もそうしてくれ。切に、そう祈るばかりであった。
 前夜とは打って変わっての朝食メニュー。
 俺の正面のテーブルで、白さ際立つヨーグルトにフルーツを飾り付けて、満面の笑みを浮かべているのはかぐや姫の末裔――コアリだ。

「タロー、タロー! 凄いぞ、こんなに沢山食べてもタダなのか!!」
「……お前、本当に姫だった?」
「な、何だその目は! 仕方なかろう、月では従者が全てコアリの食生活を管理しておったのだ! 好きなものを好きなだけ食べられるなど、滅多に無い幸福よ!」
「……ふーん。」

 そんなコアリの言葉を軽く聞き流しながら、俺の脳内では赤白黄色の可愛いお花さんたちがウフフアハハと咲き乱れ、その花畑の上をいかつい槍を担いだ屈強な兄貴たちが背中から妖精さんの翼を生やして満面の笑みで飛び交っていた。
 要するに半分寝ていた。
 コアリとは他人のフリをして過ごさなければならないと言うのに、俺の頭ときたらまだオヤスミモードである。堂々とコアリと一緒に、こうしてテーブルを囲んでいるなんて正直どうかしてた。これだから低血圧は嫌になるぜ、などと思う頃には、妖精さんたちは可愛いお花さんたちが伸ばした触手に絡め取られ、一匹残らず捕食されていた。この花畑の花、どうやら食虫植物の類だったようだ。ワケ解らんが、元より解ってやる心算も一切無いので何も考えない。
 ――幸いだったのは俺の隣にケイトがいたことだ。ケイトが味方についていれば、並大抵のことなら誤魔化せる。その分、後々色々と搾取されることになるのだろうが、半分寝てる俺のフォローを任せるのにケイトほど頼れるヤツもそういまい。

「タロ君……私ね、昨日、酷い悪夢を見たんだ……。」
「夢の話なんてされても、リアクションに困るぜ。」
「この私が、タロ君なんかと一緒に沖縄旅行に来てたの……。」
「それは夢じゃねぇ!!」

 現在進行形でその真っ最中である。
 リアクションに困るどころか、ツッコミホイホイのナイスボケだった。

「しかもタロ君ったら、あろう事か人間の姿を……ひぃぃぃいいっ!!」
「お前は俺を何だと思ってるんだっ!?」

 ……朝から絶好調だなぁ、ケイト。お陰ですっかり目が覚めてしまった。
 尚、昨日の夜――即ち海坊主に遭った以後の出来事は全て、俺の意向によって夢だったと言う事で片付いている。ケイトはまだ腑に落ちないようだが、この先ずっと誤魔化し続けていれば真実は闇に葬られる事だろう。
 それで、いいのだ。
 ケイトには、“関わる必要の無い事”だから。
 ウグメやメロウも、その方がいいと思ったから――ケイトが目を覚ます前に姿を消したのだし。

更新日:2009-08-25 21:48:42

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はなこさんと/第四話「うぐめさんと」