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4-7/俺はお前を知っている


 ――ウグメ。
 海坊主の次に出てきたこの女は、舟幽霊の一種で、九州地方を中心に活動しているウグメと言う妖怪らしい。
 厳密には妖怪ではなく、単に海難事故で死んだ霊感少女の幽霊らしいのだが――人間側の伝承では妖怪と言う事になっているから、今は俺もそう扱わせてもらうことにしておく。それに、そう主張したところでそれが何処まで真実なのか、今はまだ計りかねるところもあるし。
 主な仕事は「柄杓が欲しいか?」。俺の知る舟幽霊とは、用いるセリフが180度違っている。とは言えやる事は基本的に同じで、船を沈めて人間の魂を奪うのが生業だそうだ。「欲しい」と答えれば船は柄杓だらけになって沈められる。「要らない」と答えれば水没。助かる道はただ一つ、“無視”。
 ウグメと言うのは舟幽霊の一種に与えられる名称であるが、彼女は自身を指してウグメであると自己紹介してくれた。本当は正式な別の名前があるらしいが、今は名実ともにウグメと言う存在であるのだという。
 ……余談だが、この世界には“言霊”と言うルールがある。
 “名前”と言う、強い力を持つ言葉を与えられたモノは、それによって己の性質を変化させると言うルールだ。
 掻い摘んで言うと、言葉を修飾する時の“相性”のようなもの。例えば“炎”という言葉を飾る時、水を連想する言葉を使うと炎はその勢いを失ってしまうように。ウグメは、本来の名を捨てて“ウグメ”と名乗る事で、今現在、舟幽霊としての能力を最大限に引き上げているのである。
 だから――もしかしたら華子も、本当は違う名前があるのかも知れない。生前の名を捨て、トイレの花子さんと同じ名前を名乗る事で、その能力を高めているのかも……。ま、それは本人に訊いてみないと解らないことだが。

「海坊主。ありがとう、ここまででいいわ。」
「ショウチした。」

 俺と、柄杓にさせられて硬直したままのケイトとコアリ、そしてウグメ本人を乗せた木造の小さな船は、海坊主の頭に乗り、海上を移動すること十数分。海上にポツンと佇んでいる小さな島が見えるところにやってきていた。
 ウグメに頼まれた時の、海坊主の素直なことときたら……。実はコイツ、ウグメの事好きなんじゃないだろうか。

「か、カンチガいするなよ、ニンゲン。ウグメのアネゴのタノみだから、ココまでハコんでやったのだからな!」

 ツンデレだった。面倒なのでツッコミはしない。
 かくして岩礁を掻き分けつつ滑り込むようにその小島に上陸した俺たちは、大きな岩山とその足元に口を開ける洞窟の入り口、そして生暖かい空気の流れに出迎えられた。

「た、太郎殿……ここはまさか……!」
「いたのかよセント。」

 成仏したかと思われたセントは、何時の間にか俺の背後に控えていた。
 守護霊から背後霊に格下げだな。少しくらいは役に立てよ。お前がしっかりしてれば、ウグメにケイトとコアリの魂を取られる心配も無かったんじゃねーの。

「あら、久しぶりね聖。何十年も遭わなかったけど、何処で何をしていたの。」
「ハハハ。実はあのホテルの一室に閉じ込められてござってな。」
「知り合いかよッ!!」

 ――ガンッ!
 ……近くの岩に頭を打ちつけて、派手なリアクション突っ込みを入れる俺。
 このプロ根性、誰か買いませんか! 芸能プロダクションの社長さん! 金の卵は此処に! 此処にいますよッ!!
 ……じゃなくて、ああもう……知り合いだったのかよこいつら……。
 一体どうなってるの今回の舞台設定は。前回以上に展開が読めねぇなぁ……読む気も無いけど。

「いやいや、太郎殿。拙者とウグメ殿は知り合いなどではなく――」

 ――ガンッ!
 ……今度のは、ウグメが柄杓でセントをぶん殴った音。後頭部に奇襲を受けたセントは頭を抱えて暫くの間、のた打ち回っていた。

「余計な事は言わなくていいのよ聖。」
「も、申し訳ない……。」

更新日:2009-08-25 17:15:20

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はなこさんと/第四話「うぐめさんと」