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4-1/二つ買えばいいのさ
青い空。
棚引く雲。
眠っている間に凝り固まった身体を解してくれるような心地よさを孕む明け方の澄んだ空気は、この閑静な住宅街で通勤、通学のために駅まで歩いていく者たちを今日も優しく包み込んでいた。
季節は秋。
残暑も過ぎ、冬の到来を感じさせる木枯らしが窓の隙間で啼いている。これからどんどん寒くなるんだろうなと思うと、心持ち不安な思いにも駆られる――そんな、だからと言って別段何事もない平凡な秋の一日。
高校一年生。厨二病みたいな言い回しをすれば“義務教育を超越せし者”。取り立てて誇ることでもない肩書きにもすっかり慣れ切った俺――太郎は今、地方文化の見学及び実体験と言う名目の下、都会人なら誰もが一度はシビれてあこがれる琉球王国――沖縄の大地を踏み締めていた。
「親睦を深める目的もあるんだぞ」などと我がクラスの先生様も大そうな事を仰っていたが、要するに学生諸君お待ちかねの、旅行行事と言うわけである。
普通、こういうのは一年生でいきなりやるものじゃないと思うが……三年になると大学受験やら何やらで忙しくなるから、早いうちに済ませておこうってのが、どうやらうちの学校の教育システムらしい。
ショートケーキのイチゴは最後までとっておくタイプの俺としてはどうにもそのやり方が好きになれないのだが、そこで文句を言っても仕方ない。結局、時期が早いか遅いかなど問題ではないのだ。イチゴはいつ食べても美味しい。それで納得するより他に無い。
さて、そういうわけで生まれて初めて踏む沖縄の大地、その感想を述べてやろうではないか。
「――嗚呼、暑ィ……。」
チリチリと焼け付くような匂いが、太陽に睨みつけられて真っ黒に日焼けしたアスファルトから立ち昇る。
……おっと、アスファルトは元から真っ黒だったか。これは失敬。
俺が今いるこの場所は、那覇空港から俺たちが泊まるホテルまでの間を繋ぐ高速道路の、とあるサービスエリアである。東京は羽田空港から長く飛行機に揺られること一時間以上、その後すぐにバスに乗り込んでの移動だったので、昼食時間も兼ねた休憩と言う事で俺たち学生は暫しの間、このサービスエリアの中で自由行動の機を得ていた。
クラスメートの連中はトイレに行ったり、お土産コーナーで試食品を物色していたりと十人十色な行動を示していたが、俺はと言うと駐車場脇にある喫煙所の屋根の下で、大きなバッグを抱えて一人、グダグダしているばかりである。その理由は後述する。
……暑い。本当に暑い。暑い以外の言葉が見付からん。寧ろそれ以外のどんな表現さえも陳腐に感じられるほど、素直に、愚直に、ただただ真っ直ぐに暑い。まるでサウナみたいだ。救いが無いのは、サウナと違って外に出れば涼しいわけではないところか。もうこれ以上出るところには出られない。宇宙に行けば涼しいだろうが、流石に俺は死ぬ。そんなところに涼みにいけるのは、うちの近所のコンビニの店長だけだ。究極生物だって考える事をやめちまうってのに、本当に恐ろしい漢(おとこ)が身近にいたもんだぜ。
ところでサービスエリアの食堂には冷房が効いていたのだが、財布が無いので何も注文できない俺は、多くの一般客及びうちの同級生で込み合っているその場所に居座る事さえ出来なかった。財布が無い理由も、後述する。
土産屋は、入り口やら窓やらを開け放っているのを見る限り、とても内部の気温に期待は持てそうもない。沖縄人及び沖縄名物の加工食品たちにとりこの程度の温度、冷房に頼る必要も無いと言う事なのか。
エコだなぁ。エコしちゃってるなぁ。その愛星精神が恨めしい。
今朝東京を発つ時は肌寒かったのに。流石は日本で一番南国に近いだけのことはある。頬を伝った汗が顎からポタリと落ちるほど、本日の気候は平伏すべき蒸し暑さであった。
誰だよ、冒頭から「冬の到来を感じさせる」とかほざいた阿呆は。
……俺でした。東京の涼しさに適応し始めていた身体に、この温度差は堪えるぜ……。
――などと思っていた矢先、俺のバッグが突然モゾモゾと動き始め、か細い声が中から漏れてきた。
青い空。
棚引く雲。
眠っている間に凝り固まった身体を解してくれるような心地よさを孕む明け方の澄んだ空気は、この閑静な住宅街で通勤、通学のために駅まで歩いていく者たちを今日も優しく包み込んでいた。
季節は秋。
残暑も過ぎ、冬の到来を感じさせる木枯らしが窓の隙間で啼いている。これからどんどん寒くなるんだろうなと思うと、心持ち不安な思いにも駆られる――そんな、だからと言って別段何事もない平凡な秋の一日。
高校一年生。厨二病みたいな言い回しをすれば“義務教育を超越せし者”。取り立てて誇ることでもない肩書きにもすっかり慣れ切った俺――太郎は今、地方文化の見学及び実体験と言う名目の下、都会人なら誰もが一度はシビれてあこがれる琉球王国――沖縄の大地を踏み締めていた。
「親睦を深める目的もあるんだぞ」などと我がクラスの先生様も大そうな事を仰っていたが、要するに学生諸君お待ちかねの、旅行行事と言うわけである。
普通、こういうのは一年生でいきなりやるものじゃないと思うが……三年になると大学受験やら何やらで忙しくなるから、早いうちに済ませておこうってのが、どうやらうちの学校の教育システムらしい。
ショートケーキのイチゴは最後までとっておくタイプの俺としてはどうにもそのやり方が好きになれないのだが、そこで文句を言っても仕方ない。結局、時期が早いか遅いかなど問題ではないのだ。イチゴはいつ食べても美味しい。それで納得するより他に無い。
さて、そういうわけで生まれて初めて踏む沖縄の大地、その感想を述べてやろうではないか。
「――嗚呼、暑ィ……。」
チリチリと焼け付くような匂いが、太陽に睨みつけられて真っ黒に日焼けしたアスファルトから立ち昇る。
……おっと、アスファルトは元から真っ黒だったか。これは失敬。
俺が今いるこの場所は、那覇空港から俺たちが泊まるホテルまでの間を繋ぐ高速道路の、とあるサービスエリアである。東京は羽田空港から長く飛行機に揺られること一時間以上、その後すぐにバスに乗り込んでの移動だったので、昼食時間も兼ねた休憩と言う事で俺たち学生は暫しの間、このサービスエリアの中で自由行動の機を得ていた。
クラスメートの連中はトイレに行ったり、お土産コーナーで試食品を物色していたりと十人十色な行動を示していたが、俺はと言うと駐車場脇にある喫煙所の屋根の下で、大きなバッグを抱えて一人、グダグダしているばかりである。その理由は後述する。
……暑い。本当に暑い。暑い以外の言葉が見付からん。寧ろそれ以外のどんな表現さえも陳腐に感じられるほど、素直に、愚直に、ただただ真っ直ぐに暑い。まるでサウナみたいだ。救いが無いのは、サウナと違って外に出れば涼しいわけではないところか。もうこれ以上出るところには出られない。宇宙に行けば涼しいだろうが、流石に俺は死ぬ。そんなところに涼みにいけるのは、うちの近所のコンビニの店長だけだ。究極生物だって考える事をやめちまうってのに、本当に恐ろしい漢(おとこ)が身近にいたもんだぜ。
ところでサービスエリアの食堂には冷房が効いていたのだが、財布が無いので何も注文できない俺は、多くの一般客及びうちの同級生で込み合っているその場所に居座る事さえ出来なかった。財布が無い理由も、後述する。
土産屋は、入り口やら窓やらを開け放っているのを見る限り、とても内部の気温に期待は持てそうもない。沖縄人及び沖縄名物の加工食品たちにとりこの程度の温度、冷房に頼る必要も無いと言う事なのか。
エコだなぁ。エコしちゃってるなぁ。その愛星精神が恨めしい。
今朝東京を発つ時は肌寒かったのに。流石は日本で一番南国に近いだけのことはある。頬を伝った汗が顎からポタリと落ちるほど、本日の気候は平伏すべき蒸し暑さであった。
誰だよ、冒頭から「冬の到来を感じさせる」とかほざいた阿呆は。
……俺でした。東京の涼しさに適応し始めていた身体に、この温度差は堪えるぜ……。
――などと思っていた矢先、俺のバッグが突然モゾモゾと動き始め、か細い声が中から漏れてきた。
更新日:2009-08-25 16:37:34