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小説

携帯でもPCでも書ける!

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ワープロ教室

今からだいぶ前、ワープロ全盛期の頃。
職場で私もワープロを使っていたが、どうも入力速度が遅い。別にそんなに早く打つ必要もなかったのだが、なんとかもっとスキルアップしたいと思っていたところ、女性の同僚Kちゃんから「Sワープロ教室」に入ってみたらどうかというアドバイスを受けた。
彼女もその教室に通い、ワープロの資格を取ったそうだ。

私に比べて、彼女がワープロを打つスピードは格段に速い。手元を見ないでキーボードを打つブラインドタッチというやり方で、仕事をする姿もすごくカッコイイのだ。私もあんなふうに打てるようになったらいいなあ。資格を取れば、履歴書にも書ける。

「Kちゃん、すごいねえ。手元見ないで打てるなんて天才じゃないの!?」
「違うよ~。誰だって練習すれば出来るようになるんだよ」
「私に出来るかなあ。自信ないよ……」
「ブラインドタッチで打つ時に、指の割り当てがあってね。それを覚えたら出来るから」

そして、彼女がワープロ教室に通っていた時に使っていた原寸大のワープロのキーボードが描かれたタッチタイピング練習用のシートをもらった。
人差し指で打つ部分、中指で打つ部分、薬指で打つ部分、とパートごとに色分けされている。
私はワープロ教室を受講するかどうかまだ迷いながら、そのシートを使って家でタイピングの練習だけは続けた。渡る前に石橋を叩き壊してしまう私は、何かを決める時なかなかいつも決心がつかない。

しばらく経ってようやく受講する決心をしてSワープロ教室のドアを開けると、インストラクターのお姉さんが二人居て、ワープロが三台置かれている細長のこじんまりとした部屋になっていた。
まず、手元を見ないで打つ為に、特殊なケースでキーボードごと手元を隠されてしまう。そして、タイピングしながらワープロの画面だけを確認していく。自分でも驚いたのだが、Kちゃんがくれたキーボードのシートでタイピングの練習をしていたことが功を奏し、指が文字の位置を少しは覚えていて、スムーズに学習が進んだ。

教室ではインストラクターのお姉さん(AさんとNさん)がマンツーマンで教えてくれる。ワープロが三台なので、一緒に受講する生徒は多くても三人まで。落ち着いた雰囲気で学習を楽しめた。
お姉さんたちの教え方は、とても丁寧で分かりやすい。どうしても分からない部分は根気よく教えてくれる。時々鳴る電話にも、彼女達は丁寧に応対する。手が空くと、使っていないワープロのキーボードを液体のクリーナーと綿棒で掃除していた。

2時間の学習の間に、15分ほどの休憩時間が入る。
彼女達の「それでは、そろそろ休憩にしましょう」の掛け声で、入口近くのテーブルに移動する。AさんとNさんがコーヒーや紅茶を淹れてくれるのだ。
たまにケーキなんかも御馳走になった。世代や性別も様々な生徒達に気軽に話しかけながら、和やかな雰囲気になるように気を遣ってくれる。
……インストラクターというのも、大変な仕事だなあ……とつくづく思った。
たまに、生徒が私だけという日もある。Aさん、Nさん、私の三人は年齢が近いので悩みも似ていて、話に花が咲いて大いに盛り上がり、ハッ!と気付いたらとっくに休憩時間が過ぎまくり、残りの学習時間が20分だけなんていう時もあった。

私は無事ワープロの資格を取得することができ、卒業となったが、その後も彼女達に会いたくなると、ふらりと教室に立ち寄ることが度々あった。少し話をして帰ろうとするとNさんが「ええっ、もう帰っちゃうのーー?」と入口のドアから出て私を追いかけてきてくれた。
「あまり長居したら悪いから~」と答えると、
「そんなことないない。また遊びに来てね!」と言ってくれた。

それから数年後。Aさんから、Sワープロ教室が近々閉鎖になると聞かされた。
ちょうどワープロがパソコンに取って替わろうとする過渡期だった。
時代の変化とはいえ、お世話になった教室が閉鎖になるのは何とも寂しかった。

しばらくして休日に駅前を歩いていたら、向こうから三角巾を被りエプロン姿の二人の女性が並んで歩いてくるのが見える。AさんとNさんだった。

「あらー、葉論さん!」
「どうしたんですかー?」
「教室閉めるので、これからお掃除なんですよ~!」
と、二人は明るく答えた。

遠ざかる二人の後姿を目で追いかけながら、私は目と鼻の間がジワッと熱くなるのを感じた。
(あの人達は、鑑だ。私も彼女達の姿勢を見習おう。ありがとう、沢山お世話になりました。Aさん、Nさん。本当にありがとう!)
心から、そう思った。




更新日:2009-08-28 11:43:56