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過去 3

 度重なる戦争によって国が疲れ果て、大きな戦が終わってからも国全体が沈んでいた頃、国の片田舎に一人の地方領主がいた。領主と言っても貴族などではなく、地主と保安官を兼任するようなそんな存在。国の中央にいる人間にとってみれば農民と区別がつかないだろう。ただ、領民からの信頼は厚く、よく慕われており、また尊敬もされていた。
「さて、今年の収穫は、まずまず、と言えるな。悪くない」
 村で採れた小麦の量の報告を受けて、領主たる彼女は微笑んだ。
 地方領主、銀色の髪は長く、整った容貌は男性的ではあったが、あくまで女性らしさを残した美しいものであった。
 まだ歳は若い。二十の前半くらいだろうか。先代の領主の一人娘としてその地位を引き継いだ彼女は、若いながらその卓越した手腕と優れた頭脳であっという間に信頼を勝ち取ったのであった。その才能だけでなく、彼女の持つ男勝りという性格も起因しているだろうし、何より男たちが束になっても敵わないほどの剣の腕前もまた、信頼を得る理由であった。
「悪くない、か。しかしもう蓄えがないのだ。それだけでは、生きていくだけでやっとだぞ」
 彼女の親友にして、良き助言者でもある男が呟いた。傍らで手持無沙汰にしている子供もうんうんと頷いている。実に可愛げがない。
 しかし、実際その通りだ、と彼女も思う。休むことなく続けられる戦、なにより何年か前の巨大な聖戦(歴史家たちには第一次神聖決戦と後に呼ばれるようになる)によって、民の生活は限界を超えるところまで切り詰めることを強いられていた。その戦争は、天子に子供が生まれたこともあって、限界間近のところで停戦となった。
 男の言葉を受けて彼女は苦笑いを浮かべる。
「分かってるさ。だが、これなら、なんとか一年は……細々と暮らせば……」
 彼女はそのあまりに貧しい暮らしを想像して一瞬暗い表情を浮かべたが、また挑戦的な笑みになり、
「死ぬことはない」
 そうだ、生きてさえいれば、きっと。
「そうだな」

更新日:2009-08-03 23:38:13

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