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自転車の女

せつ。 僕と君の出会いはいつだったかな。そう9ヶ月前だ。君は自転車に乗っていた。6月というのに雨は一週間も降らない。ぎらぎら輝く太陽。君は花柄の派手なワンピースを着ていた。というよりガウンみたいに羽織っていた。サドルから腰を浮かし、リズミカルにペダルを踏んでいる ハンドルにつけたカゴにはリスがいる。狭い道路に面した公園のベンチで、うたたねしていたとおるが、顔に被せていた本を払ったとき、自転車に跨った彼女の後姿が目に入った。自転車は小道をフルスピードで下っている。ワンピースの裾がひるがえり、下着が見えた。それは豊満なお尻には小さすぎるパンティ。とおるの好きな真っ白のパンティだった。それはサドルから浮いている。その空間に手を入れ、そっと動かしたい願望がとおるの前頭葉に生じた。
 とおるは公園に面した400坪の家に引越してきたばかりだ。豪邸ではないが、庭には25mプールがある。その横の大きな藤棚の下には干からびたベンチもある。しかし彼は公園の大きなベンチがお気に入りである。彼の家と公園の間に低いフェンスがあるが、彼の軽い体は楽にフェンスを越えられる。公園は裏庭同然だ。  
この屋敷は彼の叔母が死んだ時、遺言で譲りうけたのである。叔母の亭主は、小さな貿易商社のオーナー兼社長だったが、馬車馬のように働いた挙句、心筋梗塞であっけなく死んでしまった。その時、叔母は40歳だったが、叔母は再婚しなかった。再婚の話もあったが、叔母は死ぬまで再婚しなかった。彼女は子宮筋腫を取って子供の出来ない体で、子供をつくるための結婚など無意味だったからである。それで叔母が50で死んだとき、たった一人の親族のとおるが全財産を相続した。叔母が死んだのは、そんなに昔ではない。とおるがせつにめぐり合う、3ヶ月前にすぎない。
 それまで、彼は200坪あまりの土地に、とおるの母が建てた家に住んでいた。とおるの母は10年前に死んだが、とおるは結婚もせず、1人住まいだった。彼の仕事はモノ書きである。小説家ではない。電子回路の設計をする技術者向けの本を書いていた。本には微積分の難解な数式がぎっしり詰まっている。とおるは、ときおり遊びにくるガールフレンドたちに、本をみせるのだが、理解した女は1人もいなかった。とおるは地元の大学を出て、地元の電気会社に就職したが、会社の人間とそりがあわず、1年で辞めてしまった。蓄えもなく、いつまでもぶらぶらできる身分ではないが、再就職もいやだったので、とおるは執筆で生計を立てる道を選んだのである。しかし彼の書いた本はあまり売れなかった。とにかく難しすぎた。
 そんなとき、弁護士が訪ねてきた。彼の叔母が死に、全財産を彼に譲るという遺言をとおるは見せられた。とおるは迷うことなく、財産譲渡の書類に署名した。
 叔母の死は意外ではなかった。叔母は5年前から乳がんを患っていた。両方の乳房をそっくり取り、叔母自身は完治したと思っていたが、3年前に癌が再発した。最高の医療を受けたが、1年前には肺に転移した。とおるは主治医に頼み、叔母には肋膜炎だと告げてもらった。しかし治る見込みは皆無だった。
叔母の葬儀を済ませ、49日も済み、とおるは、すぐにこの屋敷に移りたかったが、新しい本の執筆に忙殺され、去年の6月にやっと引越したのだった。自転車の女に出会ったのは、その一週間後だ。

更新日:2009-07-30 21:55:45

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