• 3 / 218 ページ
その日、夜遅くかえってきた暒太郎は
私にちいさなポリタンクを差し出した。

「おみやげだよ。」

「なんだい、これ。」

「お水。おいしいんだよ。」

「…?」

「汲んで来たんだよ。」

暒太郎はにこにこ言った。
私はよくわからなかったが

「ありがとう」

と言った。

「そーさんキレイ好きだからね。
体の中もキレイなほうがいいでしょ」

「…この水飲むときれいになるの?」

「…なるような気にはなるよ。」

「じゃあ冷蔵庫でひやそうか。」

「うん! あと、氷をつくるとおいしいと思うよ。」

「…やってみよう。」


私はどうせなにもすることがないので
セイの言う通りにした。


「…今日もお掃除していたの?」

「ああ、してたよ。」

「…今度、一緒に出かけない?
夏は楽しいよ。
海も川も森も、にぎやかだよ。」


…私は苦笑した。
私はこのたらい回しの中退少年から
引きこもりを心配されているらしいのであった。


「そうだね、
じゃあ今度誘ってくれ。

…飯食べようか。何か食べて来た?」


「キャラメルとお茶だけ。」


このメニューは、外出時の、
彼の定番だ。

これだけで、丸一日、食事なしで
彼は精力的に歩き回る。
その行動力は、
スニーカーの減り方をみると
たまげるほどだった。
そろそろ新しいのを買ったほうがいい減り方だ。


「…じゃあ、いっぱいたべようね。」


私が言うと、
暒太郎は嬉しそうにうなづいた。

…彼が以前、拒食していた、
などということは
私には到底信じられなかった。

私は、彼に部屋を貸し、部屋を掃除し、
自分の食事のついでに彼に食べさせているだけだった。
他にはなにもしていない。

彼がどこで何につまづいたのか
どうしてそれから立ち直れなかったのか
わたしには見当もつかなかった。

従って勿論、
彼に何をしてやればいいのかもわからなかった。
わかったとしても出来るかどうか。

いつもそのことが
少し、不安だった。

更新日:2009-07-21 11:44:20

  • Twitter
  • LINE
  • Facebook